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北条九代記  安倍晴明の奇特





 昔、安倍晴明(九二一〜一〇〇五)は天文の博士として算術にすぐれていた。あるとき宮中に参内したが、庚申の夜(この夜眠ると人身にいる三尸が人の眠りに乗じてその罪を天帝に告げるとされた)なので、若い殿上人が大勢参集なさって、夜を明かされるためにいろいろと御遊び事をされた。
 晴明を召し出され、
「何かおもしろいことをしてみせよ」
 と帝の仰せ言があった。晴明は
「それでは今夜の興を盛り上げ、人々を笑わせ申し上げましょう。(そうなっても)決しておくやみなさりませんね」
 と申し上げたので、
「算術で人を笑わせるなどということは、どんなに逆立ちしてもできるはずはなかろう。もし仕損じた場合にはふるまい物を出せ」
 とのおことばである。晴明は
「かしこまりました」
 と答えて、算木を取り出して、それを一同の前にさらさらと置き並べたところ、目に入るものは何もないのだが、なんとなく座中の一同おかしくなって、盛んに笑い出される。笑いをとめようとするけれどもとめることができない。わけもなく笑いがこみあげてきて、あごのはずれるほどの大声で笑い、腹をかかえて、最後にはことばも出ないほどで、腹筋がよじれて切れるかと思われるほどになって笑いころげたが、それでもどんどんおかしくなってしまった。
 一同は涙を流してもうたくさんだと手を合わせて晴明に頼みこまれる。
「それではもう笑うのに飽きられたのでしょう。すぐにおとめ申しましょう」
 といって、算木を取り除いたところ、今までのおかしさがすっかりさめて、何事もなかったかのように元通りになった。これには皆びっくりして、感嘆されたとかいうことである。(増淵勝一『北条九代記(上)』より引用