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今昔物語集 播磨国陰陽師智徳法師語




《現代語訳》
 今は昔、播磨の国(欠字)郡に、陰陽法師がいた。名を智徳といった。長年この国に住んで暦陽の道を行っていたが、この法師がまたただ者ではないのだった。

 ある時、(欠字)の国から多くの荷物を積んで郡に上る船があった。が、明石の沖でこの船に海賊が襲いかかり、船荷をことごとく奪った上に数人を殺して去っていった。ただ船主と下人一人二人だけが海へ飛びこんでどうにか生き延びた。陸に上がって泣いている所に、かの法師智徳が杖を突いてやって来て
「そこで泣いているのは何処の方であるか」
 と問うと、船主は
「国から郡へ上がる途中、その明石の沖で、昨日海賊に出会い、船の積み荷は全て奪い取られ、人も殺されてどうにか命ばかりは助かって、こうして生きているのです」
 と言うと、智徳は
「それは甚だやり切れぬ事であろう。それらを捕らえて引き寄せてやろう」
 と言う。船主はただの口から出任せだと思ったが
「そうしていただければ、どんなに嬉しい事でしょう」
と泣く泣く言った。そこで智徳は
「それは昨日の何時ごろの事か」
と尋ね、船主は
「しかじかの時刻の事でありました」
と答えた。
 そうして智徳は小船に船主を伴って乗り、沖へ出て海賊に襲われた辺りに船を浮かべた。智徳は海の上に何か物を書き入れてそれに向かって呪文を唱え、陸に返って上がった後に、ちょうど今、目の前にいる者を捕らえようとするかのような仕種をして、その筋のの者を雇って、四、五日監視をさせた。
 すると、船の横□が奪い取られて七日後の事、船主の伝えたまさしくその時刻に、何処からともなく漂流船が現れた。こちらから船を出して近寄ってみると、大勢の者が武装して船に乗っていた。皆ひどく酔っ払ったように逃げもせずに打ち倒れている。驚いた事に、それはかの海賊どもであった。
 奪い取られた積み荷もそっくりそのまま残っていたので、船主の言う様にそれらを全て運び、持ち主に返してやった。
 近所の者たちが海賊どもを縛り上げようとしたが、智徳法師が頼んでそれを貰い受け、海賊どもにこう言い聞かせた。
「今後このような罪を犯してはならぬぞ。本来ならば生かしてはおかぬところだが、それも罪深い事であるから今回ばかりは見逃してやろう。この国にわしのような法師がおる事、身にしみて覚えておくがいい」
 こう言って海賊を追い払ってしまった。
 船主は出航を手配してくれたことを感謝して去って行った。これもひとえに智徳が陰陽の術を行使して海賊を引き寄せた結果である。

 そう言う訳で、智徳は実に驚嘆すべき人物であったが、さすがの智徳も晴明にはかなわず、であった時には式神を隠されてしまった。とはいえ、それは智徳がその呪法を知らなかったためであるのだから、智徳の陰陽の力が劣っていたわけではないのである。 このような者が播磨の国にはいた、と語り伝えられているということだ。