3.オリンポスの音階

 

3つのテトラコードのうち、最も古いものはエンハーモニックであるといわれている。「ピュクノン」と呼ばれる微分音程を持つエンハーモニックは、ダイアトニックに比べると音程の配列に偏りが見られる。じつはこの特殊な微分音程はアウロスという楽器によってテトラコードの中にもちこまれていった。

 アウロスという楽器は二本の管とリードを持ち、キタラやリラとならんで古代ギリシャにおいて欠かすことのできない重要な楽器である。古代フリギアの伝説的な笛吹きであるオリンポスは、ギリシャにこのアウロスを伝え、その調べによってギリシャ人たちを魅了し、ギリシャ音楽に大きな革新をもたらした。

 アリストクセノスは、オリンポスがエンハーモニックを考案したと伝えている。オリンポスは、アウロスを指孔の加減をすることによって微分音程を自在に操ることができ、その微分音程に基づいてキタラのような弦楽器の調律を行うためにエンハーモニックを考案したとも言われる。エンハーモニックは、その2つの微分音程と長三度という幅広い音程によって特徴づけられるが、エンハーモニックに至る以前の段階に長三度と半音を含むペンタトニック(長三度型のペンタトニックともいう)の存在があった。つまり、このペンタトニックの半音が二つに分割されてエンハーモニックの微分音程が生み出されたのである。もとの長三度型のペンタトニックは、オリンポスが考案したとされ、「オリンポスの音階」と呼ばれている。 

エンハーモニックは、古代ギリシャにおいて重要なテトラコードであり、その微分音程に、当時の人々の繊細な音感覚が象徴されている。西欧では、以降ダイアトニックの全音と半音が支配していくことになるが、微分音程はアラブやイスラム、インドなどのアジアの音楽の伝統の中に根づいていく。エンハーモニックは、西欧の音楽の歴史のなかでは結局消えてしまう存在だった。