鬼、一般にはデーモンに当たる地位の低い神ともいえる存在をさしたり、天津神に対する国津神をさしたり、あるいは夜叉、羅刹等妖怪のようなもの、また、死者の霊魂をさす場合もある。
鬼火・火の玉・狐火・燐火・あおび等と呼ばれているもので、墓地や沼地など、じめじめした場所に現れる、青白く燃え上がる独特の発光現象。一般に、人骨などの火葬が自然発火したものと考えられているが、敏感者には、突然死が起きたような場所で、このような光を目撃するという。鬼といえば怪力無双の恐ろしい妖怪のみを言うのかと思えば、実は色々なものを示すようだ。しかし一般に私達がイメージするような鬼、といえば、頭には角を生やし、口には牙があり、鋭い爪を持ち、金棒を振り回す・・・、といった恐ろしい妖怪である。 人を取って食ったり、地獄で死者に拷問を与える、または死者の霊魂が逃げ出さぬよう見張る、といった役目も担っていて、非情で残忍な妖怪、ともいえる。鬼とは恐らく「人の死に対する恐怖」から生まれたものではないかと私は思っている。死とは圧倒的な力を持ち、決して我々を逃がしてはくれず、一瞬にしてその命を奪い取る残酷なものである。。その上、いつこの身に降りかかるか分からない、恐ろしいものである。そういったイメージが我々の知る「鬼」になったのではないだろうか。また、鬼は、人の憎悪や執念を具現化したものでもあり、よく「仕事の鬼」とか「・・・のために鬼になる」とか言うが、 あれはまさしく鬼の「執念や憎悪の具現化」としての性質を指して生まれた言葉ではないだろうか。

 

鬼女

人里離れた所に一つの家をかまえ、夜遅く訪ねてきた旅人を泊め、人里から離れていることを利用して生命を奪い、持物財物を盗む悪人が元になる。
江戸時代の西村白鳥の『煙霞綺談』巻の二にも、江州志賀郡別保村に蒲生家の浪人南蛇井源太左衛門という男がいて、剃髪して浄元といったが、庵を結んで行き暮れた旅人を泊め、油断を見すましてこれを殺して財物を奪っていたが、後に捕らわれて、処刑された話が載っている。したがって平安時代頃は、旅先の一夜の宿の情けにも感激していられないことが多く、こうしたところからひとつ家伝説は生まれてくる。
この類話は全国的にあり、その代表例が浅茅が原ひとつ家と安達が原ひとつ家伝説である。類型的話はその土地土地における事実であったり、土地の状況、地名の類似から伝説が一転移したもの、また、旅人や回国の僧、旅の遊芸人によって語られたことが定着してその土地の伝説になったものもある。王街道が整備されなかった平安時代まではとにかく旅は危険が伴うことは覚悟せねばならなかった。『土佐日記』にも見られるように瀬戸内すら海賊におびえ、『義経記』にあるように山賊(やまだち)・群盗は一人旅でなくとも襲ってくる。そうした例は『今昔物語』にも記されている。旅に出れば、山賊・海賊・野伏に遭遇することは覚悟の上であり、たとえ泊めてもらえる所があっても安心できないことが多かったので、旅先で非業の死を遂げた話はすこぶる多い。これは戦国時代までこうした状況が残っていたようである。

「安達が原の鬼婆」の話を読む

 

 

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