第二幕 歌舞伎の歴史・根源

壱.歌舞伎とは 

 ・歌舞伎は、能や狂言や文楽と並ぶ、伝統的な舞台芸術である。

 ・400年も前に生まれた古い芝居である。

 
・人類が作った最高の芸術である。

 ・昔の古い歴史や物語を劇にしていくものである。

 ・観客と役者が一体となって盛り上げていく芸能である。
  観客が声をかけたりするユニークな文化もある。
  (例えば・・・・・「○○屋!」と、出演している役者の屋号の掛け声をかけたりする。
           名前を襲名したばかりのときなどは、「親父そっくり!」などとい
           う誉め言葉をかけたりする。このような掛け声をかけたりすると、
           歌舞伎をより楽しむことができるだろう。)

 ・歌舞伎役者は歌舞伎以外でも活躍し、ドラマなどに出演する人もいて
  活躍の幅を広げている。 →松本幸四郎や市川染五郎など・・・

 ・国立劇場の開場がもたらした功績は大変大きく、歌舞伎の歴史を語る上で
  欠かせないものであるといえる。


弐.歌舞伎の起源と歴史

阿国(おくに)
戦国時代後・・・・・平和がやってきた京都には、各地から女芸人の団体が押し寄せるようになった。
念仏踊りをもって登場した「出雲の阿国」という女座が、「かぶき踊り」というもので一斉を風靡する。
地方を回り歩く遊女でもあった阿国は、やがて大名をパトロンにつけるようになり、幕府はこれをいさ
めるため1942年に禁令を発する。
 

若衆歌舞伎から野良歌舞伎
もともと能を中心とする芸能団であった若衆の舞踏団は、阿国のかぶき踊りに刺激さ
れてかぶき踊りをやるようになっていたのですが、これが女歌舞伎が禁止されるように
なると、若衆歌舞伎の時代がやってきます。阿国の女歌舞伎と同様に美貌・美声を売り物
にするといった容色本位であった若衆歌舞伎は、やはり、1965年(承応)に幕府によって
禁止されます。この禁令を解いてもらい、その条件として前髪を剃り落とした成人男性に
限って興業が許されるようになったので、これを野郎(やろう)歌舞伎という。歌舞伎という
名称は使えず、「物真似狂言尽し」と言った。



元禄歌舞伎
元禄時代(1688-1704)・・・・・町人分化が花開き、歌舞伎はその代表でもあった。
江戸では「荒事」、上方では「和事」が発展する。女形芸の完成や敵役、道外方の芸が確立する。
また、富永平兵衛、近松門左衛門によって狂言作者が独立の職掌になる。

人形浄瑠璃の影響
享保(1716-)の時代・・・・・享保の改革による幕府の弾圧や、上方で人形浄瑠璃が栄えたために
歌舞伎は低迷期に入る。世の中の多くのものは、一定のサイクルで栄え衰えていったりするもの
であるが、歌舞伎もその例外ではなくこの時期は低迷していたのである。「近松門左衛門の「国性
爺合戦」が人形浄瑠璃で成功すると、各座競って、人形浄瑠璃のあたり狂言を歌舞伎に取り入れ
ていく。この近松門左衛門の人形浄瑠璃はご存知の人も多いのではないだろうか。
 人形浄瑠璃の趨勢が衰えると歌舞伎は再び活気を取り戻す。セリや回り舞台など舞台仕掛が発
達したのもこの時期である。

江戸三座

1714年(正徳4)・・・・・絵島生島事件で江戸四座の一つ山村座が
取りつぶされる。以降、明治時代まで江戸三座が世襲によって櫓
権という興行権を継承することになり、興業制度が固定する。








(市村座)
森田座、中村座と並ぶ歌舞伎の江戸三座の一つ。1964年、市村宇左衛門が村山座の座元になって市村座と改称。明治五年に下谷二長町に移転して昭和七年に焼失。

明治の歌舞伎
 市川團十郎、尾上菊五郎が没すると、歌舞伎も世代交代が起こる。「新歌舞伎」と後に呼ば
れるようになる狂言作家以外の人たちの脚本の上演が盛んとなり、興行の改革も行われる。
この時期にはすでに、「新歌劇」「新派」とよばれるほかの歌劇ジャンルの活動が盛んとなり、
歌舞伎の性格もさらに変化していく。

 

大正・昭和前期の歌舞伎
この時期には、小芝居と呼ばれた数多くの劇場で、歌舞伎が上演された。入場料も低価格
で、庶民の人々に支持された。独特の型や演出、俳優の熱狂的な演技によって、さらに人
気を博していった。歌舞伎は、イメージと異なるという人が多いが、このように多くの庶民に愛
され、支持されていたのである。


昭和後期から現代の歌舞伎
昭和後期〜・・・・・
第二次世界大戦の影響で、歌舞伎は危機に瀕(ひん)していた。
              

昭和40年になると、歌舞伎は重要無形文化財として総合指定される。その対象として、
「伝統歌舞伎保存会」が発足し、国立劇場の会場という画期的な局面を迎え、歌舞伎は
ふたたび息を吹き返していった。
国立劇場についてはこちらを参照してください
             
 
平成期(1989年)になると、さらに若い年代が主役を演じるようになり、近年「歌舞伎
ブーム」と呼ばれる時代には、従来とは違った空間での歌舞伎公演が行われている。
また、他のジャンルで活躍する歌舞伎俳優も大変増えている。 →
第4章参照
 


参.歌舞伎の現在

 ・海外でも公演を実施し、世界規模で展開。

 ・西洋の近代演劇の生きずまりを打開して、未来の演劇へと変わって
  いくであろう

 ・もはや世界の古典芸能となりつつある。