(しりつしょうぎょう・ぞうせんこうぎょういれいひ)
◎碑文<青天の霹靂とはまさにこの事であった。昭和20年8月6日午前8時15分分われら郷土広島はただ一発の原子爆弾によってこの世ながらの地獄を現出し一瞬にして壊滅した。われらが母校広島市商は当時造船工業に転換を余儀なくされていたのであるが当時学徒動員・市内建物疎開作業に出動中の生徒270名付添職員3名もまた全滅の悲運に遭った。われらはは年少の諸君の清純熱烈な愛国心至情に想いを至し、可憐悲痛全く言うべき言葉を知らないわれらはここに職難生徒・職員各位の諸霊の冥福を祈りかくの 如き悲劇の再び人間の手によってくり返しさめざることを誓う。>