登場人物別 せりふ

かおる子


ジョバンニの切符

「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」
「まあ、あの烏。」
「ええたくさん居たわ。」
「ええ、三十疋ぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」
「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」
「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」
「新世界交響楽だわ。」
「走って来るわ、あら、走って来るわ。追いかけているんでしょう。」
「橋を架けるとこじゃないんでしょうか。」
「小さなお魚もいるんでしょうか。」
「あたし前になんべんもお母さんから聴いたわ。ちゃんと小さな水晶のお宮で二つならんでいるからきっとそうだわ。」
「そうじゃないわよ。あのね、天の川の岸にね、おっかさんお話なすったわ、……」
「いやだわたあちゃんそうじゃないわよ。それはべつの方だわ。」
「いけないわよ。もう海からあがっていらっしゃったのよ。」
「あら、蝎の火のことならあたし知ってるわ。」
「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聴いたわ。」
「ええ、蝎は虫よ。だけどいい虫だわ。」
「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さん斯う云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけどとうとういたちに押えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたというの、
 ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。って云ったというの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。」
「だけどあたしたちもうここで降りなけぁいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから。」
「だっておっ母さんも行ってらっしゃるしそれに神さまが仰っしゃるんだわ。」
「あなたの神さまうその神さまよ。」
「じゃさよなら。」