■銀河鉄道の夜 第四次稿 登場人物のすべてのせりふ 人物が登場する順番で並んでいます。 人物名、章の名前、台詞の順番で記述してあります。 教育目的や個人の使用に限りダウンロード後の印刷、加工などを自由とします。 再配布は禁止です。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 先生 [せんせい] 午后の授業 「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」 「ではカムパネルラさん。」 「では。よし。」 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」 「ですからもしこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮んでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄いのでわずかの光る粒即ち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ ジョバンニ 家 「お母さん。いま帰ったよ。工合悪くなかったの。」 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「ではぼくたべよう。」 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄へ入るようなそんな悪いことをした筈がないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈した巨きな蟹の甲らだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中たびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐がすっかり煤けたよ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒のようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜のあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「では一時間半で帰ってくるよ。」 ケンタウル祭の夜 (「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」) 「何だい。ザネリ。」 「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのだろう。走るときはまるで鼠のようなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのはザネリがばかなからだ。」 「今晩は、」 「今晩は、ごめんなさい。」 「あの、今日、牛乳が僕ん[#「ん」は小さな「ん」]とこへ来なかったので、貰いにあがったんです。」 「おっかさんが病気なんですから今晩でないと困るんです。」 「そうですか。ではありがとう。」 (「川へ行くの。」) 銀河ステーション 「どこかで待っていようか」 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」 北十字とプリオシン海岸 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙いろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。) 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ぼくたちも降りて見ようか。」 「そうだ。」 「行ってみよう。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「標本にするんですか。」 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」 鳥を捕る人 「ええ、いいんです。」 「どこまでも行くんです。」 「あなたはどこへ行くんです。」 「何鳥ですか。」 「鶴はたくさんいますか。」 「いいえ。」 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鷺です。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「ほんとうに鷺だねえ。」 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、ありがとう。」 「どこへ行ったんだろう。」 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体だねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」 ジョバンニの切符 「さあ、」 「何だかわかりません。」 「何だかわかりません。」 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕はどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨の匂もする。」 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍りつく潮水や、烈しい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。) 「あ孔雀が居るよ。」 (「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」) 「鳥が飛んで行くな。」 (どうして僕はこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。) (ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談しているし僕はほんとうにつらいなあ。) 「そうだろう。」 (こんなしずかないいとこで僕はどうしてもっと愉快になれないだろう。どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕といっしょに汽車に乗っていながらまるであんな女の子とばかり談しているんだもの。僕はほんとうにつらい。) (そうそうここはコロラドの高原じゃなかったろうか) 「あれ何の旗だろうね。」 「ああ。」 「あああれ工兵の旗だねえ。架橋演習をしてるんだ。けれど兵隊のかたちが見えないねえ。」 「空の工兵大隊だ。どうだ、鱒やなんかがまるでこんなになってはねあげられたねえ。僕こんな愉快な旅はしたことない。いいねえ。」 「居るんでしょう。大きなのが居るんだから小さいのもいるんでしょう。けれど遠くだからいま小さいの見えなかったねえ。」 「双子のお星さまのお宮って何だい。」 「はなしてごらん。双子のお星さまが何したっての。」 「するとあすこにいま笛を吹いて居るんだろうか。」 「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」 「蝎の火ってなんだい。」 「蝎って、虫だろう。」 「蝎いい虫じゃないよ。僕博物館でアルコールにつけてあるの見た。尾にこんなかぎがあってそれで螫されると死ぬって先生が云ったよ。」 「ああ、そうだ、今夜ケンタウル祭だねえ。」 「僕たちと一緒に乗って行こう。僕たちどこまでだって行ける切符持ってるんだ。」 「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないって僕の先生が云ったよ。」 「そんな神さまうその神さまだい。」 「そうじゃないよ。」 「ぼくほんとうはよく知りません、けれどもそんなんでなしにほんとうのたった一人の神さまです。」 「ああ、そんなんでなしにたったひとりのほんとうのほんとうの神さまです。」 「さよなら。」 「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」 「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」 「僕たちしっかりやろうねえ。」 「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」 「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」 「今晩は、」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「いいえ。」 「何かあったんですか。」 「どうして、いつ。」 「みんな探してるんだろう。」 「いいえ。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ カムパネルラ 銀河ステーション 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎いにきたんだ。」 「ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「そうだ。おや、あの河原は月夜だろうか。」 「アルコールか電気だろう。」 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」 北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」 「ぼくわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」 「降りよう。」 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「行ってみよう。」 「おや、変なものがあるよ。」 「くるみの実だよ。そら、沢山ある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」 「もう時間だよ。行こう。」 鳥を捕る人 「おかしいねえ。」 「ほんとうに鷺だねえ。」 「眼をつぶってるね。」 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」 「どこへ行ったんだろう。」 ジョバンニの切符 「もうじき鷲の停車場だよ。」 「あの人どこへ行ったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「何だか苹果の匂がする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」 「ありがとう、」 「からすでない。みんなかささぎだ。」 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」 「どら、」 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」 「あれとうもろこしだねえ」 「さあ、わからないねえ、地図にもないんだもの。鉄の舟がおいてあるねえ。」 「発破だよ、発破だよ。」 「あの鱒なら近くで見たらこれくらいあるねえ、たくさんさかな居るんだな、この水の中に。」 「そうだ。見たまえ。そこらの三角標はちょうどさそりの形にならんでいるよ。」 「ああ、ここはケンタウルの村だよ。」 「うん。僕だってそうだ。」 「僕わからない。」 「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」 「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ ザネリ ケンタウル祭の夜 「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」 「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 博士 [はかせ] ジョバンニの切符 「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅れたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 青い胸あてをした人 [あおいむねあてをしたひと] 活版所  「よう、虫めがね君、お早う。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 高い卓子に座った人 [たかいテーブルにすわったひと]  活版所  「これだけ拾って行けるかね。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ お母さん [おかあさん] 家 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼しくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「来なかったろうかねえ。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「そうかねえ。」 「早いからねえ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒なら心配はないから。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 年老った女の人 [としとったおんなのひと]  ケンタウル祭の夜 「いま誰もいないでわかりません。あしたにして下さい。」 「ではもう少したってから来てください。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 学者 [がくしゃ] 北十字とプリオシン海岸 「そこのその突起を壊さないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」 「君たちは参観かね。」 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿でやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさん居たさ。」 「いや、証明するに要るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨が埋もれてる筈じゃないか。」 「そうですか。いや、さよなら。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 鳥を捕る人 [とりをとるひと] 鳥を捕る人 「ここへかけてもようございますか。」 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「鶴や雁です。さぎも白鳥もです。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴いてごらんなさい。」 「鶴ですか、それとも鷺ですか。」 「そいつはな、雑作ない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝って、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚をこういう風にして下りてくるところを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押えちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいも不審もありませんや。そら。」 「さあ、ごらんなさい。[#ちくま文庫「宮沢賢治全集7」では「、(読点)」]いまとって来たばかりです。」 「ね、そうでしょう。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁の方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がいいし、第一手数がありませんからな。そら。」 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」 「も少しおあがりなさい。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日の第二限ころなんか、なぜ燈台の灯を、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方もなく細い大将へやれって、斯う云ってやりましたがね、はっは。」 「それはね、鷺を喰べるには、」 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「そうそう、ここで降りなけぁ。」 「ああせいせいした。どうもからだに恰度合うほど稼いでいるくらい、いいことはありませんな。」 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」 「ああ、遠くからですね。」 ジョバンニの切符 「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 燈台守 [とうだいもり] 鳥を捕る人 「いや、商売ものを貰っちゃすみませんな。」 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡り鳥の景気は。」 ジョバンニの切符 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」 「いかがですか。こういう苹果はおはじめてでしょう。」 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」 「さあ、向うの坊ちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束になって居ります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子さえ播けばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻もないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 車掌 [しゃしょう] ジョバンニの切符 「切符を拝見いたします。」 (あなた方のは?) 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」 「よろしゅうございます。南十字へ着きますのは、次の第三時ころになります。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ タダシ ジョバンニの切符 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ああぼくいまお母さんの夢をみていたよ。お母さんがね立派な戸棚や本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」 「あれきっと双子のお星さまのお宮だよ。」 「ぼくも知ってらい。双子のお星さまが野原へ遊びにでてからすと喧嘩したんだろう。」 「それから彗星がギーギーフーギーギーフーて云って来たねえ。」 「いま海へ行ってらあ。」 「そうそう。ぼく知ってらあ、ぼくおはなししよう。」 「ケンタウル露をふらせ。」 「ボール投げなら僕決してはずさない。」 「僕も少し汽車へ乗ってるんだよ。」 「厭だい。僕もう少し汽車へ乗ってから行くんだい。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 青年 [せいねん] ジョバンニの切符 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召されているのです。」 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発ったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日のあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾きもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かったのです。ところがボートは左舷の方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫びました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈って呉れました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押しのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気のようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸もちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟してこの人たち二人を抱いて、浮べるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰が投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑ってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板の格子になったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二文字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄かに大きな音がして私たちは水に落ち[#ちくま文庫「宮沢賢治全集7」では「水に落ちました。」]もう渦に入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没くなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕いですばやく船からはなれていましたから。」 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」 「その苹果がそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」 「いいえ、汽車を追ってるんじゃないんですよ。猟をするか踊るかしてるんですよ。」 「もうじきサウザンクロスです。おりる支度をして下さい。」 「ここでおりなけぁいけないのです。」 「あなたの神さまってどんな神さまですか。」 「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です。」 「だからそうじゃありませんか。わたくしはあなた方がいまにそのほんとうの神さまの前にわたくしたちとお会いになることを祈ります。」 「さあもう支度はいいんですか。じきサウザンクロスですから。」 「さあ、下りるんですよ。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ かおる子 [かおるこ] ジョバンニの切符 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」 「まあ、あの烏。」 「ええたくさん居たわ。」 「ええ、三十疋ぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」 「新世界交響楽だわ。」 「走って来るわ、あら、走って来るわ。追いかけているんでしょう。」 「橋を架けるとこじゃないんでしょうか。」 「小さなお魚もいるんでしょうか。」 「あたし前になんべんもお母さんから聴いたわ。ちゃんと小さな水晶のお宮で二つならんでいるからきっとそうだわ。」 「そうじゃないわよ。あのね、天の川の岸にね、おっかさんお話なすったわ、……」 「いやだわたあちゃんそうじゃないわよ。それはべつの方だわ。」 「いけないわよ。もう海からあがっていらっしゃったのよ。」 「あら、蝎の火のことならあたし知ってるわ。」 「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聴いたわ。」 「ええ、蝎は虫よ。だけどいい虫だわ。」 「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さん斯う云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけどとうとういたちに押えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたというの、  ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。って云ったというの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。」 「だけどあたしたちもうここで降りなけぁいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから。」 「だっておっ母さんも行ってらっしゃるしそれに神さまが仰っしゃるんだわ。」 「あなたの神さまうその神さまよ。」 「じゃさよなら。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 信号手 [しんごうしゅ] ジョバンニの切符   「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ としよりらしい人 [としよりらしいひと] ジョバンニの切符 「ええ、ええ、もうこの辺はひどい高原ですから。」 「そうですか。川まではよほどありましょうかねえ、」(他の乗客の返答) 「とうもろこしだって棒で二尺も孔をあけておいてそこへ播かないと生えないんです。」 「ええええ河までは二千尺から六千尺あります。もうまるでひどい峡谷になっているんです。」 「あら、インデアンですよ。インデアンですよ。ごらんなさい。」 「ええ、もうこの辺から下りです。何せこんどは一ぺんにあの水面までおりて行くんですから容易じゃありません。この傾斜があるもんですから汽車は決して向うからこっちへは来ないんです。そら、もうだんだん早くなったでしょう。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 白い太いずぼんをはいた人 [しろいふといずぼんをはいたひと] ジョバンニの切符 「はい。」 「何のご用ですか。」 「あ済みませんでした。」 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの棚をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」 「ええ、どうも済みませんでした。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ マルソ ジョバンニの切符 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押してやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附からないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 生徒たち [せいとたち] ケンタウル祭の夜   「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 町の人たち [まちのひとたち] ジョバンニの切符   「こどもが水へ落ちたんですよ。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 子供たち [こどもたち] ケンタウル祭の夜   「ケンタウルス、露をふらせ。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 旅人たち [たびびとたち] 北十字とプリオシン海岸   「ハルレヤ、ハルレヤ。」 ジョバンニの切符   「ハルレヤハルレヤ。」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 賢治の見た夢〜銀河鉄道の夜〜 http://contest.thinkquest.jp/tqj2002/50133/ All right reserved.