篠原 泰之進

(しのはら たいのしん) 出身 筑後生葉郡高見村 生没 1828(文政11)年10月20日〜1911(明治44)年6月13日 享年 83歳 流派 要心流、良移心流 死因 老衰



元治元年10月、伊東甲子太郎と共に江戸で入隊し、慶応3年3月に伊東と共に

分離脱隊しました。同年11月の油小路では、薩摩藩邸に逃げ込み、12月に伏

見街道にて同士と共に近藤を銃撃、右肩に重傷を負わせました。鳥羽伏見の

戦いでは薩摩軍と共に戦い、後に赤報隊に参加しました。維新後、大坂造幣

局に勤め、晩年はキリスト教にめざめクリスチャンとなりました。『泰林親

日記』を残し、東京にて死亡しました。





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