神話の「見てはいけない」の禁忌

見てはいけないけれど見てしまう

「見てはいけない」…そう言われても見てしまうのが人間の心理です。しかしそれは神話でもあることなのだそうです。
ここでは、その禁忌を犯してしまった事例を紹介します。


東西の禁忌を犯したものたち

西洋

オルフェウスの場合

オルフェウスはギリシャ神話に登場する詩人です。
彼は金の竪琴を弾き、その歌声はすばらしいものでした。

そのオルフェにはエウリディケ(ユウリディケ)という妻がいましたが、ある日毒蛇にかまれ死んでしまいました。

オルフェウスは深く悲しみ、冥界へ行き王のハデスにエウリディケを返してほしいと頼みました。
ハデスはオルフェウスの歌に感動し、つれて帰ることを許しました。

その条件は「地上に着くまで、決して振り返ってはいけない」というものでした。
しかし、オルフェウスは地上がもうすぐという時、油断して後ろを振り返ってしまいました。
振り返った先には、悲しそうなエウリディケがいました。

そしてエウリディケ再び冥界へと引き戻されてしまいました。


プシュケの場合

あるところに三人の娘を持った王様がいました。その三人の中で最も美しかった姫がプシュケでした。
その美しさを人々が讃えるので、美の女神アプロディテは怒り、息子のエロスに愛の矢で「醜い男に恋をさせるように」と言いつけました。
彼の矢に当たったものは、神様でも人間でも恋のとりこになってしまうのです。
しかし彼は誤って自分の矢で自分を傷つけてしまい、プシュケに恋をしてしまいました。

その後、エロスがプシュケを自分のものにしようと思ったので、彼女に良い縁談が持ち上がりませんでした。
心配した王様が神託を伺うと、「山の頂上にいる怪物が娘の夫となる」という恐ろしいものでした。
泣く泣く王様はプシュケを連れて行かせました。

プシュケが着いた先には、素晴らしい音楽など何もかもが心地よく用意されていたので、彼女はすっかり打ち解けました。
しかし、肝心の夫には暗闇の中でしか会えませんでした。神様は人間に姿を見られてはいけないからです。
プシュケは絶対に姿を見てはいけないと言われていました。

ある日、プシュケは姉たちが恋しくなり、会えるように頼みました。
そして再会を喜んだ姉たちでしたが、裕福で幸福そうな生活を妬みました。
姉たちはプシュケに、その夫の姿を見るようにそそのかしました。

夫の姿を見たくなったプシュケは、夜に夫が眠ったとき灯りで照らして姿を見てしまいました。
するとそこには美しい青年が眠っていたのです。

プシュケは蝋(ろう)を肩に落としてしまい、エロス驚いて目を覚ましました。
エロスは無言ではね起きて、翼を拡げて飛び出してしまいました。

「愛は信頼のないところでは生きられない」と言い、それきり彼の姿は消え、声も聞こえなくなりました。


東洋

伊弉諾尊(いざなぎ)の場合

イザナギは妻のイザナミに先立たれましたが、逢いたくて黄泉の国へと行きました。
イザナミ(伊弉冉尊:いざなみ)はイザナギが来たことを喜びました。
しかし黄泉の国の食べ物を口にしているため、黄泉の国の住人になっていました。

「帰りたいけれど、この国の神々と相談してくるので、その間は決して私の姿を見てはいけません。」と言って御殿の中に入っていきました。

しかし、イザナギはなかなかイザナミが帰ってこないので、中をのぞいてしまいました。
すると、そこには腐敗して体中に蛆がたかり、雷をまとった妻の姿がありました。

イザナギは恐れて逃げ出し、イザナミは追いかけました。
そしてイザナギは黄泉比良坂でイザナミと離縁しました。


倭迹迹日百襲媛(やまとととひももそひめ)の場合

ヤマトトトヒモモソヒメは孝霊天皇の皇女です。
彼女は大物主の妻となりましたが、夫は夜に通ってくるだけでその顔を見ることができませんでした。

大物主が夜にしか姿を見せなかったので、ヤマトトトヒモモソヒメは不満に思いました。
そこで大物主にお願いして朝まで待ってもらうことにしました。

大物主は了承しましたが、「明日の朝、櫛箱の中にいるから姿を見ても決して驚かないで欲しい」と言いました。

しかし翌朝、ヤマトトトヒモモソヒメは大物主が白い蛇の姿をしていたのを見て、驚いて声を上げてしまいました。
大物主神は驚くなといったのに「恥をかかせられた」と言って三輪山に登っていってしまいました。




このように、約束を破ってしまう神話は東西にあります。
特に「振り返ってはいけない」「見てはいけない」と言われて破ってしまうという話は共通しているようです。

こうしたところを見ると人間の心理が伺え、神話とはやはり「人間が作ったものである」ということがわかると思います。




禁忌とおとぎ話

ほかにも、私たちが聞いたことのあるおとぎ話でも禁忌を破ってしまった人たちがいます。
ここではそれを紹介します。


浦島太郎

浦島太郎はある日、釣り糸にかかった亀を助けてあげました。(物語によってはいじめられている亀を助ける)
しばらくして、亀が逃がしてくれてお礼をしたいと言い、太郎は大きな宮殿に迎えられました。

三日後、太郎は「残してきた両親が心配だから帰りたい」と言いました。
姫は玉手箱を手渡し、「箱を開けてはいけません」と忠告しました。

太郎は元住んでいた浜に着きましたが村は消え果ていました。
そして太郎は三百年経っていることを知り、驚きました。

悲嘆した太郎は玉手箱をあけ、三筋の煙が立ち昇り太郎は老人になってしまいました。(後に鶴になり飛び去る)


鶴の恩返し

あるところに老夫婦が住んでいました。
寒い雪の日、お爺さんは罠ににかかっている一羽の鶴を見つけ、助けてあげました。

その日の晩、とても美しい娘が訪れました。
娘は「雪が激しくて迷ってしまったので、一晩ここに泊めてもらえないでしょうか。」と頼みました。
二人は快諾し、泊めることになりました。
数日間、吹雪が続き日が過ぎました。娘は二人のために家事を手伝いました。

ある日、娘は綺麗な布を織りたいとお願いしました。
娘は「機を織る間は、決して部屋をのぞかないでください。」と言いました。
その娘の織った布は素晴らしいものでした。

最初は約束どおりのぞかなかった二人でしたが、どうしても気になってついにのぞいてしまいました。
そこには、羽根を抜いて糸に織り込んでいる一羽の鶴がいました。
二人はその姿に驚きました。

娘は「姿を見られたからにはもうここにはいられません。」と言い、空に舞い上がって山の方に飛んで行きました。



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