錬 金 術 と は  第一講


1−1 錬金術の概要
 錬金術とは、一般的には「賢者の石を生成し、卑金属(鉛等)を貴金属(金等)に練成する技術」と思われているが、これは大きな誤りである。確かに錬金術の中には「賢者の石の生成」という技術が存在するが、それは黄金練成が目的ではなく、本来は人間の昇華である。つまり「卑金属を昇華して貴金属に練成する」というプロセスを人間に用いて、人間を聖書で言うところの「原罪以前の人間(林檎を食べる前のアダムとイブ)」の状態に昇華させることであり、究極的には世界再生=宇宙全体の昇華が目的とも言われている。(ただし、研究者によっては黄金錬成こそ錬金術の至高目的だと唱える者もいる。)
 この人間の昇華や世界再生はアルス=マグナ(大いなる秘法)と呼ばれる。
 つまり本来の錬金術師とは怪しげな魔術師ではなく、「哲学者」や「賢者の代名詞」といった意味合いなのである。

 こうしてみると、いかにも胡散臭そうに聞こえるが固定観念を捨てるとそうでもないことに気付けるだろう。例えば、人類救済の理念は「聖母マリアから処女生誕したイエス・キリストはゴルゴダの丘で処刑されるも三日後に復活して……」ということを信条にしているキリスト教系諸教派や、因果論を原則とし輪廻転生を論ずる仏教系諸宗派などで普通に見られる。つまり錬金術とは一つの宗教である、とも言える。

 しかしながら、現実での錬金術というのは非常に胡散臭い目で見られることが多く、確かにそれにはしょうがない理由も存在する。例えば、錬金術最盛期には錬金術師を騙る詐欺師達が貴族相手に黄金練成をしたように見せて大金を搾取したり、さらに十五世紀にはフランス貴族のジル・ド・レイが黒魔術と結びついた錬金術を実践し百五十人とも千五百人とも言われる幼い子供たちを虐殺するという事件も起こっている。もっとも、この様な詐欺師や殺人鬼は錬金術師ではないが。
 だが、黒い面ばかりを見て本質が失われることは避けるべきである。錬金術は歴史上重要な部分を占めていたこともまた事実だ。

 錬金術の発展途上では化学史上重要な数多くの発見がなされた。硫酸、硝酸、塩酸、王水、アンチモン、燐などはどれも錬金術師が発見した物質である。物質だけではなく、多くの実験器具も錬金術師が使用していたものが現代の化学で用いられている。さらには現代の化学で解明された原子構造について予想していた節もある。

 そもそも錬金術とは一概に「こういうものだ」といえるものではない。何故なら錬金術とは「学問」であり、18世紀にラヴォアジェの理論で否定されるまでは現代における化学と同様のもととして、また「宗教的な思想を持つ哲学」として立派な地位を持っており、当時から現在にかけて多くの学派に分かれ、本物偽物問わず多くの思想が氾濫しているからだ。分かりやすく例えれば現代のキリスト教の様な感じ、と言えるだろう。ただ、特に大きく二つの思想に分けられることは覚えておきたい。
 一つは黄金錬成・不老不死を目的としたヘルメス思想。もう一つは人間の昇華を目的としたフリーメーソン思想である。
 なお、このサイトでは、特にどの学派、ということではなく全般的に共通している部分をメインに解説していく。


 では次に、錬金術の基礎理論を説明する。
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