蓄積された科学物質

 

 最も多くのアザラシが流れ着いた西ドイツでも、アザラシの大量死の原因追及が進められていた。この西ドイツではキール大学の獣医学部を中心に研究が進められていると言う。

 西ドイツで見つかった死体のほとんどがここに運ばれていて、その数は5000頭近くにもなるといわれている。もちろん大学にある冷凍庫だけでは間に合わず、冷凍コンテナを借りて保存していた。アザラシはどれも黒ずんでいて、ひどく汚染が進んでいることが目に見てもわかるようだった。

 キール大学ではアザラシの分析が、総合的に進められている。解剖されたアザラシは、やはり、肺炎のために肺は黒ずんで固くなっていて、肝臓のほとんどは正常な組織が残っていない状態だった。腸には寄生虫が多くいて、胃にも感染を起こしている。このことにより、アザラシの免疫力が明らかに低下していることがわかる。これらの組織は1つづつ標本にされて、詳しく分析される。分析により、アザラシの脂肪組織からは有機塩素化合物が検出された。また、筋肉組織には水銀やカドミウムと言った重金属が蓄積されていた。さらにアザラシの生息地を特定させるためにすい臓とリンパ組織からアザラシの系統を割り出す。

 これまでの分析結果によると、死んだアザラシの体内からは水銀、鉛、カドミウムなどの重金属類、BHC,DDTなどの農薬や殺虫剤、そしてPCB(ポリ塩化ビフェニール)、ダイオキシンやベンゾフランなどの毒性の強い有害物質が150種類も検出されている。特にPCBは平均で1960年代の頃に比べ2倍の濃度で蓄積していることもわかっている。ここで少しわかりやすく説明すると、このアザラシは人間に対して10倍以上汚染されているということだ。この10倍と言うのは少ないように見えるかもしれないが、たとえば1mgのPCBを体内に取り入れただけでも人は子供を産めなくなったり、超未熟児の子供が生まれたりと、体の中に異常が出てくる。こんなものが人の10倍もアザラシの体内に蓄積されていることは驚きの事実でもあった。

 そこで、アザラシの体が何故ここまで汚染されたかという謎が出てくる。この理由として出てくるのが生物の授業にでてくる食物連鎖だ。アザラシは1日に魚を4〜7kg食べるといわれている。アザラシは生態的に食物連鎖の頂点にいるのでこのような汚染の影響が1番現れたというのだ。アザラシの大量死の原因の大半はウイルスによるものだが、その前にこのような汚染によって免疫力がなくなりウイルスに感染しやすくなっていた。というような相乗効果が致命的な結果をもたらしたと考えるべきだと思う。