カキの汚染
有機スズ化合物による海洋汚染の間題は、もともとカキの汚染から始まった。1974年にフランスのアルカション湾で養殖カキ(日本産マガキ)に生育異常が認められ、これがTBTが環境に与える被害についての最初の証拠となった。貝殻の形成における右灰化のメカニズムに、TBTの影響が現れたのである。貝殻は厚くなって奇形化し、極端な場合には、切開するとゼリー状の物質で埋った穴が無数にみられた。その結果、軟体部の成長がひどく阻害されたために、貝を出荷することができなくなってしまった。このようなカキの生育異常と生殖不能は、英国など多くの国で生じた。英国では1978−80年には全カキ養殖場で異常が生じ、1980−81年には、生産量が3分の1に激減した。
カキの場合、長期間飼育した場合には、1リットル当たり0・02マイクログラムでも形態異常がみられたという報告がある。TBT汚染は、マリーナ(ヨットだまり)のある閉鎖水域の中では、特にひどかった。マリーナでは水が停滞していて、そこに船が高密度でつながれている。TBTの調査が進むにつれて、非常に濃度が低いところでさえ、TBTがさまざまな海洋生物に対して強い毒性をもつことがわかってきた。
イングランド南西部にあるドーセットのプール港で、カキの実験的飼育が行われた。プール港は入口の狭い入江で、多数の小型船舶によって利用されていると共に、古くから二枚貝の養殖場である。英国では1987年にTBTの便用が禁止されたが、その効果をみるための実験が、1989年にこの入江で行われた。
実験は、入江内の三ヵ所で行われた。水の交換が悪く船舶の多い、最も汚染されている北側のホールズ湾(A)、船が少なぐ汚染の低い南側のウィッチ水道(B)、およぴ港の入ロ(南側)にあって水通しがよいサウス・ディープ(C)である。この三ヵ所に二歳貝が、プラスチック網のケージに入れて沈められ、1991年に回収された。
B点とC点ではカキ貝殻の形状は正常で、身入りも非常によかった。対照的に、A点では成長が悪く、殻が肥厚していた。このことは、ブール港では1987年〜89年に、TBTの便用禁止の結果、船舶の交通が激しく水の交換の重胆い一部を除いて、環境がいちじるしく改善されたことを示していた。
変形ハマチの出現
現在、海洋で有機スズの汚染が急速に進んでいる。有機スズにより、養殖ハマチが変形するという事件が起こっている。
今から13年ほど前の1986年に、養殖場から背骨の曲がった変形ハマチが見つかったという、「ハマチ騒動」が起きた。変形ハマチの出現によって、養殖ハマチの相場は一気に急落した。それまで1キロあたり1000円以上もしていた養殖ハマチが、この騒動後になると1キロ600円にまで値下がりした。当時は高級魚として人気の高かった養殖のハマチも、今ではあまり人気がなくなってしまった。
原因は「トリプチルスズ(TBT)」と呼ばれる科学物質にあった。TBTは有機スズ化合物の一種で、劇物に指定されている毒性の強い物質である。日本ではTBTが漁網の防汚剤として広く使われていた。網に海藻や貝が付着しないよう塗料として使ったということだ。この漁網に塗った塗料が溶けて、TBTが海を汚染したと考えられる。
TBTが高濃度に蓄積されると、成長を傷害したり、白血球やリンパ球が減少するといった慢性毒性が起きることが分かっている。さらに、発ガン性や催奇性になる可能性もあるといわれている。
日本における有機スズ汚染
TBTの最大の問題点は、魚の汚染だ。特に食品となる魚への汚染が問題となる。そのため、環境庁では1983年からTBTにかかわる生物のモニタ二ングの調査を継続している。
生物のモニタニングというのは、各調査地点で取れたスズキやムラサキイガイなどの魚介類に含まれているTBTを分析し、汚染の監視をすることだ。
厚生省が決めたTBTの許容量だが、「1.6マイクログラム体重/日」となっている。1992年に行われた調査では、東京湾で取れたスズキには約0.25ppmのTBTが含まれていた。大阪湾では0.34ppmと東京湾よりも高い濃度のスズキがとれた。この大阪湾で取れたスズキを90グラム摂取したなら一応は許容量の範囲内だが200グラム食べると、簡単に許容量を超えてしまう計算になる。
東京湾のスズキのTBT汚染濃度を調査開始の時期と比べて見ると、開始当時が約0.30だったというのに1992年では0.25とほとんど改善されていない。大阪湾に関しては一向に改善されておらず、開始時のTBT濃度が0.42だったのに対し1992年は0.43と増えてさえいる。これはTBTが濃縮されやすい科学物質で、魚介類の体内で1万倍に濃縮されることが原因とされている。
TBTがメスの巻き貝をオスにする!
TBT汚染は魚だけでは収まらなかった。ここ最近になってTBT汚染が巻き貝にも及んでいることがわかったのである。巻き貝に起こったのはただの変形や奇形ではなく、メスの巻き貝にオスのペニスができてしまうということだった。このことをインポセックスとよぶ。
インポセックスはイボニシやバイなどの無脊椎動物について世界春地から報告され、その種類数は55種、日本では7種にのぼる。インポセックスとは、堆性生殖器官(ベニスや輪清管など)が雌に形成され産卵不能におちいる一連の症状およぴ個体を指す。インポセックスの進行には、三つの段階がある。初期段階では痕跡的なペニスが出現し、輸精管が雌に形成ざれる。中間段階ではペニスが大きくなり、輸精管が完成する。後期段階では輪卵管が輸精管の生長のため詰まり、卵のうの放出が妨げられる。輸卵管が詰まる結果卵のうが卵のう腺に蓄積し、給局それが破裂して、個体は死亡する。また重症個体では、卵巣が精巣に転化し、精子を産生する。
インポセックスは、TBTによって推性ホルモンが分泌過多になるため発症する。TBTがリットル当たり1ナノグラム(10憶分の1グラム)程度でも、発症する。汚染レベルに応じてペニスが伸長し、体内のTBT濃度と正の相関を示す。ヨーロッパチヂミポラでは、インポセックスのためにイングランド南西部の個体数が減少してしまった。
日本では、1990年5月から1991年8月まで広範囲で調査が行われた。その結果、調査した215個の巻き貝のうち92.6%に相当する199個に、何らかの生殖異常がみつかった。全て正常だったのは新潟県で採取されたものだけで、その他で採取された巻き貝のほとんどには異常がみつけられた。
巻き貝のTBT濃度の目安として環境庁では「海水1グラム中に1000億分の1グラム」よりも低い濃度でさえ、明らかな異常が見られるという結果が示されている。
このような事件からTBTは環境ホルモンだということも判明した。
新たに登場したTPT
|
年\調査地域 |
東京湾 |
大阪湾 |
瀬戸内海 |
|
1989 |
2.3 |
1.4 |
2.6 |
|
1990 |
0.45 |
1.9 |
-- |
|
1991 |
0.48 |
0.59 |
-- |
|
1992 |
0.13 |
0.23 |
0.26 |
|
1993 |
0.10 |
0.34 |
0.12 |
上の表はスズキから検出されたTPT化合物の表です。
TPTはTBTと同じく、漁網や船底につく海藻や貝類を殺すために有効なため、防汚材として使用されていた。1960年に農薬として使用されていた時期もあった。その他にも家庭用の防菌剤や防カビ剤としてもTPTが使われていた。