科学物質とイルカ
イルカの研究を10年以上もしている、愛媛大学農学部環境保全学科の立川教授という人がいる。太平洋のイルカに科学物質の影響が出ているという決定的な証拠はその教授でさえつかめていないという。欧米の研究者のPCBの分析データを見てみると、日本近海の太平洋で捕獲されたシャチと同じようにPCB汚染濃度がきわめて高いものがある。
アメリカの環境保護局によると、アメリカが1930年から1975年までに生産した57万トンのPCBのうちおよそ22万トンが環境に放出されたという。その放出されたPCBの50〜80%が太平洋の海水中に残留していると考えられている。
そこで立川教授はPCB汚染の将来予測(左下のグラフ)をした。世界中で生産されたPCBの量は、少なくとも1980年までには120万トンに達していて、その3分の2は日本を含む世界各地で依然使われていたという。教授は1980年から新たなPCBの生産はなく、使用中のPCBの分解処理が行われたと仮定して、表層海水100mの海水とイルカのPCB濃度の将来予測(下のグラフ)をした。
グラフを見ると、海水中のPCB濃度は徐々に低下しているが、イルカのPCB濃度は上昇してからほとんど低下しない状態が続く。グラフより、子供のほうが大人のイルカよりも汚染されているという事実が浮き上がる。
ここでは以下の2つに関して紹介します。
1.
何故イルカの体内のPCB濃度は低下せずに上昇したのか理由の1つは、イルカが食物連鎖の頂点にいるということだ。イルカは、ハダカイワシやイカ類を食べる。その魚類やイカ類はさらに小さな魚やプランクトンを食べる。そして食物連鎖の一番下にいるプランクトンは、海水の科学成分を取り込んで生活をする。この過程でPCBの濃度は上層部にいくほど濃縮されていくことが分かる。その倍率は、驚くほど高い。海水から科学成分を吸収したプランクトンの体内では、科学物質が一気に1000倍から1万倍まで濃縮される。そして魚類やイカ類はプランクトンの10倍。イカや魚類をえさとしているイルカはその10倍から100倍もPCBを濃縮する。このことより、イルカのPCB濃度が上昇していくことが分かる。
しかし、これだけでは何故体内のPCB濃度が低下しないのかという疑問が残る。そこでもう1つの理由として考えられるのが、イルカの分解機能だ。
ここで注目するのが、陸上で生活する人間や動物たちと海に住むイルカとのPCB汚染の差だ。何故陸上の方がPCBの汚染源に近いはずなのにPCB汚染がイルカよりも進行していないのだろうか?という疑問が出てくる。この疑問について立川教授は、あることを突き止めた。それは、陸上で生活する動物と海で生活するイルカの違いだ。陸上で生活する動物はPCBに汚染されるとその防御対策として、酵素を体内に分泌する。その酵素は、PCBを体外に排出するという解毒作用を持っている。しかし、この酵素をイルカは持っていないのだ。何故だろうか?この疑問に対して立川教授は陸上と海で生活する動物の食事に目をつけた。調べた結果から、この酵素は野菜などの植物を食べて作られることが分かった。以上のことより、野菜や植物と縁のないイルカはPCBを排出することが不可能なのだ。
2.何故子供のイルカの方がPCB濃度が高いのだろうか
この謎を解くために立川教授は重金属とBHC,DDT,PCBなどの有機塩素系化合物の分析を行った。その結果、意外な事実が浮かび上がった。オスが年齢と共にPCBの蓄積濃度が増加していくのに対し、メスはある年齢から急激にPCBの蓄積濃度が低下していくという事実だった。(下のグラフ参照)
さらに驚くべき事実には、生まれた子供のイルカから高い数値の汚染濃度が出たことだった。
この謎を解く鍵として2つのことが考えられた。
PCBが極めて油に溶けやすい性質を持っていることと、イルカの母乳に高い脂肪分が含まれていることだ。人の母乳に含まれる脂肪分が約3%なのに対して、イルカは30%もの脂肪分が含まれている。
PCBはイルカの母乳に大量に溶け込んで子供のイルカに注ぎ込まれるというわけだ。子供のイルカは親の体重と比べると10分の1にしか満たないので、わずか数日で親のPCB濃度を超えることになる。親イルカは子供にPCBを飲ませることになり、体内の濃度は低下していくということだ。イルカは一生のうちで生後1〜2年の間が最もPCBに汚染される時期だといえる。
イルカは海洋の中でもっとも科学汚染のないところに住んでいるが、海洋生物の中では一番汚染されている。これはイルカの体の仕組みも原因だが、あまりにもかわいそうに思えてくる。
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