世界の外洋表層海水中のPCBやDDTの濃度は1ppt(10〜12)以下であり,水に比較的良く溶けるHCHでも10ppt前後である。立1による西北太平洋における食物連鎖を構成する生物種ごとの有機塩素系化合物の濃度と生物濃緒係数(生物1個体の平均濃度/海水中の濃度)を表5.4に示す。ハダカイワシやスルノイカは動物プランクトンを食べ,ほ乳動物であるスジイルカの餌となる。一般に海水から植物プランクトンを経て動物プランクトンの段階で1,000倍から10,000倍に濃縞され,その後のより高い栄養段階ではおおよそ10倍程度しか濃緒されない。しかし,海洋ほ乳動物になると寿命が長く,体重当たりの餌消賞量も増えることもあって,ある種の物質では急激な濃結が起こっている事例がある。海水と動物プランクトンの間の濃緒平衡は約1週間程度,また単年魚類では数か月程度で,寿命の長いほ乳動物ではさらに長い濃結平衡時間が必要となるはずである。陸上ほ乳動物や鳥類などの高等動物は肝厳でこれらの有機塩素系化合物をゆっくっであるが酵素分解する能力を持っているため,それほど高い濃緒値は報告ざれていない。しかし,海洋ほ乳動物特にイルカ,アザラシはその能力が無いか,極度に弱い。それ故,立ノによるとこれらの有機塩素系化合物による長期的な海洋汚染状況を知るためには長寿命のほ乳動物の情報が最も宣要になると指摘している。表5.3に見られるように,溶解度の低いPCBとDDTに比べ,溶解度が約2桁高いHCHの生物濃縮係数はきわめて小さい。ほ乳動物や鳥類のような高等な動物への濃縮性を考える場合には薬物代謝機能も考慮しておくことが必要となる。 アザラシは、生態学的にいうと最高位捕食者であって、ブラングトンに取り込まれた化学物質は、魚→アザラシと移行するにつれて生体内の濃度が高まる。しかもアザラシは大食漢で、一日5〜6キログラムの魚を食べる。この結果、アザラシに大量の化学物質が蓄積ざれ、これが免疫系を破壊した。このような状態になれば、細菌やウィルスに感染しやすくなる。アザラシは大のジステンパー・ウィルスに似たウィルスに感染し、肺炎にかかって死んでいったのである。
このように海水中の低濃度のTBTが生物体に蓄積ざれるのは、生物濃縮というメカニズムによる。一般に水上生物による化学物質の蓄積は、水中に溶存する化学物質を麗から濃縮する経鰓濃縮と、餌の中の化学物質を経口的に濃縮する経口濃縮に区分される。定濃度流水式装置を用いて56日間の飼育実験で求めたTBTの濃縮係数(生物体内の濃度と環境水中の濃度の比)は、マダイ、シロギスおよびアゴハゼで、それぞれ9400+−100、8400+−100、8000〜1万であった。マザキ、ムラサキイガイで、それぞれ1400−1万1400、1500〜7300であった。TPTでは、アミメハギ、シロギス、マダイ、アゴハゼで、それぞれ1300+−200、4000+−400、3100〜1万1300、2300〜4000であった。長期間飼育の場合の最大の濃縮係数は、魚類で1万1000、カキで1万1400、ムラサキイガイで1万9000であった。