長編小説時代へ


 乱歩は大正15年から、「闇に蠢く」「空気男」「湖畔亭事件」の3作の長編を書き始めた。

これは、短編を作りつづけていくのにはトリックがなくなってきてしまった事に起因していると思われる。

そして乱歩は、長編作家へと転身していく。

「パノラマ島奇談」などで好評を博し、遂に15年12月、「一寸法師」を朝日新聞に連載開始した。

これは、乱歩が大作家として世間に認められた証でもあった。「一寸法師」では、さすがに乱歩も意気込んだのか、厳選されたトリックを用い、明智小五郎まで登場させている。

一般的には、これはもちろん傑作だとされているが、乱歩はこの作品を失敗作だと思っていたようだ。

だが、これを書き上げて自信がついたのも確かで、乱歩これ以降1作しか中絶せず、多くの長編を発表している。

 だが、彼は昭和5年頃から通俗長編を書く様になり、昭和9年に本格物の「石榴」を発表するものの不評で、この後徐々に創作意欲をなくし、戦後は、全くといっていいほど創作は行わなかった。