今昔物語集 安部晴明随忠行習道語
現代語訳
| 法師、晴明に挑戦す |
| さて、忠行の死後、この晴明の家は平安京の土御門大路 |
| よりは北に、西洞院大路よりは東にあった。その家に晴明 |
| がいる時、一人の老僧が訪れた。十歳くらいの童子を二 |
| 人、供に連れている。晴明はこれを見て、「どなたです。どち |
| らから参られたのですかな」 と尋ねた。すると僧は 「わしは |
| 播磨の国の法師にござる。かねてより陰陽道を習いたいと |
| 思っており申した。あなたが陰陽師としてこの道に優れた方 |
| だと伺いましたのでほんの少し教えて頂こうと思い伺いまし |
| てござる」と言う。晴明は心中「この法師は陰陽道について |
| 相当の腕前を持っている奴だろう。この俺を試そうと思って |
| きたに違いない。こいつに下手に試されてぼろでも出したら |
| つまらない。試しにこの法師を引きずり回して少しは痛い目 |
| にあわせてやろう」 と思った。それで晴明は老僧の供をして |
| いる二人の童子に目をつけ 「こやつらは式神で、法師に使 |
| われて来ているのだろう。もし式神ならばすぐにも隠してしま |
| え」 と心中に念じて、法師に見えない様に袖の中に両手を |
| 入れて手で印を結び、密かに呪文を唱えた。そうしておい |
| て、晴明は法師に 「御用件は承りました。ですが今日は用 |
| 事があってその暇がありません。一旦お帰り頂き、後日良 |
| い日を選んでお越しください。そうしていただければお習い |
| になりたい事は何でも教えて差し上げましょう」 と答えた。法 |
| 師は 「それはありがたい」 と言うと手を額の所ですり合わせ |
| 敬意の気持ちを表すと立ち上がって走り去った。 |
| もう一、二町は行ったかと思われる頃、この法師が再び訪 |
| れた。晴明が見ていると、法師は人が隠れていそうな所、車 |
| 寄せなどを覗きながらやって来る。こうして法師は晴明の前 |
| へ来て 「供をしていた童子が二人ともたちどころに消えてし |
| まいました。晴明殿、わしの童子を返して下され」 と言う。 |
| 「おかしな事をおっしゃる御坊だ。この晴明がどうして人のお |
| 供の童子を取ったりしましょうか」 晴明がそう言うと、法師は |
| 「いや、参り申した。どうかお免し下され」 とわびたので、こ |
| れを聞いた晴明は 「よしよし。御坊が私を試そうと式神を連 |
| れてやって来たのがおもしろくなかったのだ。そのような事 |
| は他の者に試みるがよい。だが、この晴明にはしない方 |
| が身の為だぞ」 と言って袖の中に手を引き入れ、しばらく呪 |
| 文を唱えるようにしていた。すると、外の方から童子が二人 |
| 共走って来て、法師の前に姿を現した。これを見て法師は |
| 「あなたがまことに優れた方と聞きまして、一つ試してみよう |
| と思い参りました。それにしても、昔から式神を使うのはた |
| やすい事ですが、人が使っている式神を隠す事はとてもでき |
| るものではございません。何と素晴らしい事か。今後は是非 |
| ともわしを弟子にして下され」 と言って、すぐに自分の名を |
| 書いた札を差し出した。 |
僧、晴明を試す