「祝砲とは、おそれいる。それがしは織田信長の家臣、木下藤吉郎。山路彈正殿はおわさぬか。」
「おう、わしが山路だ。」
物見やぐらの上に、鎧かぶとの男立ちはだかった。
「木下殿。落ちぬ城を猿知恵で口説き落とそうというのであろう。みえすいておるぞ。帰れ、帰れ。」
「ほーう、山路彈正は、たった一人の敵を恐れて、城にも入れようとせぬ腰抜けか。」
「何をっ、よし、門をあけよう。入ってきなされ。」
とまえおきして、
「そもそも、この伊勢を統治なされたご先祖の北畠親房卿は、朝廷の大忠臣ではなかったのか?」
「そりゃ、そうじゃ。公卿のお人じゃからのう。」
「それなのに、勤皇第一の北畠が勤皇のさまたげをするとは、ご先祖も家柄も忘れ果てたか。」
「ほーう、織田にさからうことが、なぜ勤皇のさまたげをすることになるのじゃ?」
「よう聞けよ、山路殿。信長公は上洛して乱世を終わらせようとしているのだぞ。
朝倉も、天下のことは織田に任せるというて、明智光秀を通じて足利義明を岐阜に送り届けておる。
浅井長政は信長公の妹のお市を妻にめとり、われらと苦労を供にする覚悟じゃ。
これみな民百姓の平安を願い、天朝さまを思えばのことではないのか。」
「・・・・・・うーん」
腕組みをして、山路彈正が考えこむ。
「どうじゃな。真っ先に織田と手をにぎらねばならんのは、朝廷の大忠臣、北畠ではないのか。」