三線のいろんな事

1.『三線』という名称のついて

  三線(さんしん)の名称が、「三味線」から「三線」に統一されたのはつい最近のことです。沖縄の人以外からは、「蛇皮線」などと呼ばれたこともあります。沖縄では、「サンシン」というのが昔からの呼び名でありました。しかし、わたしたち若者は三線のことを、「三味線」と言います。

2.三弦の起こり

  琉球に三線が伝わってきたのは、察度王時代だと言われています。その説に関してはいろいろな説があり、どれが真実なのかはわかりません。その一つである赤犬子説では、三線を帰化した中国人三十六姓が福州から久米村に持ってきて普及させたと言われている。その後、赤子犬という天才が、三線を改良し、オモロに合わせて弾き、各村々わめぐりあるいて琉球音楽を完成させたと伝えられている。

3.うちなぁーんちゅ(沖縄人)と三線

 沖縄では「集まれば三線」というほど、祝い事には欠かせないものであり文化である。出産祝いから墓の祝いまで三線は、うちなぁーんちゅひとりひとりの生まれたときから、死に至るまで側にいるものなのである。今となっては、幼い頃から三線の音色を聴いてきたという人は少ないが、三線を知らない人なんてどこにもいない。時代が進むにつれて、三線は身近な物から確実に少しとのいている。だからといって三線が私達の前から消えることはないでしょう。決して無理矢理伝統文化を残していこうとしているのではなく、三線そのものがすごく魅力のあるものなので若い人も、県外の人も習うひとが多いのです。                                          

4.カンカラ三線について

 カンカラ三線というのは空き缶(缶詰)を利用して作った三線のことで、子どものおもちゃとして戦前にはよく使われていました。ですが、戦後の物資不足の中で愛用されるようになり、特に捕虜収容所で盛んでした。カンカラ三線は、缶詰の空き缶とあり合わせの棒きれとパラシュートのひもで作られ、敗戦後の過酷な境遇の中で島の人たちを元気づけ、楽しませてきました。今でも那覇の街角ではよく見かけます。

5,琉球音階のついて

 琉球音階は、日本の民謡などと同じアジア的な五音音階です。「ドーミーファーソーシード」と言うように半音をふくんでいます。半音の前に現れる長三度(ドーミ、ソーシの音階)と半音との強い結びつきはアジアでは比較的たくさんの地域で使われておりこれが琉球音階なのです。       

 沖縄には古典と民謡、二つの音楽があります。古典とは、琉球王朝時代に宮廷内で来客をもてなすために役人などにつくられた音楽でゆったりしているのが特徴です。曲には『かぎゃで風』『恩納節』などがあります。民謡とは、農民などの人達につくられた音楽でそのなかにはエイサー節なども含まれます。そのため各地によって(宮古や与那国など)できた曲があるのです。曲には『安里やゆんた』や『阿波節』などがあります。