妖怪名彙 日本全国から集めた八〇の妖怪
柳田国男が昭和十四年までに全国から採集し、「民間伝承」 に発表した「妖怪名彙」 には、約 八〇種の妖怪及び怪現象の名称が集められている (『妖怪談義』修道社)。その中から私の気がついたことのあるもの、付け加えたい資料や解釈があるものを選んで、以下に列記する。
まずタタミタタキというのは、夜中に畳を叩くような音を立てる怪物だという。ある釣り人が うしろから名を呼ばれるような気がするので、ふりむいてみるとキツネが尾をふり動かしている のがビクに当って、名を呼ぶようにきこえたのだという話がある。そのようにキツネ、イヌ、タ ヌキ、その他の動物が転位行動によって、いらだたしく尾を動かすことはよくあり、それが畳を 叩くような音として聞えるのかも知れない。
アズキトギはアズキサラサラ、アズキアライともいい、夜かすかに小豆をとぐような音がする 現象をいう。私はこれは十中八九、こう虫目の微細なチャタテムシという昆虫が発する音だと思 う。この二、三ミリもない微虫は、障子などに止って、口器で紙を掻いて、かすかな音を出す習 性がある。
夕ヌキバヤシは主に平地、ヤマバヤシというのは山中で、太鼓や馬鹿喋子の音がきこえること で、昔は東京では番町の七不思議に入っていた。タヌキが腹つづみを打つという話は『雲萍雑志』『三州奇談』などに本当の話だとして出ているが、秋のタヌキは冬にそなえてうんと食って、 実際タヌキ腹をしている。そのため腹つづみでも打ちそうに見えるということが一つ。また私は 動物園でうしろにもたれ、腹を前に突き出したタヌキが、前脚でそれを掻いているのを観察し た。あのようなしぐさが「つづみを打っている」ように見えたのだと思った。残るは、実際にきこえるのをどうしてくれるということである。
タケキリダヌキ、テングダオシ、テングナメシ、ソラキガエシなどは同一の現象で、やはり夜、竹や木を伐る音、倒れる音がきこえるが、次の日、行ってみると何事もないという怪異である。むろん幻聴だということになるのだが、各地に同じ言い伝えや幻聴が同一にあるのが不思議。
スナカケババ、スナマキダヌキなどは、タヌキが砂を体にまぶして木の上からぶりかけるのだ という。この行動を目撃した者もいる。恐らく寄生虫を除去するために砂を体にかけていたタヌ キが、人を見て木に登り、体をふるって、砂を落すのであろうか。
オクリイヌ、ムケエイヌなどといって、「送り狼」と同じで、狼が道ゆく人につきまとい、も しころんだらかかって釆て、取って食うとか、ぶじ家についたら握り飯や赤飯を与える、与えな いと仕返しするというのがある。これはそのなれなれしい行動や、握り飯を食うという点から判 断して、オオカミではない。野生化したイヌであり、古来こういうイヌは思いのほか多かったのである。「送り狼」という名はニホンオオカミとエゾオオカミの絶滅(明治八〜九年)以後は廃してムケエイヌ、オクリイヌだけにしぼるべきである。
柳田は短くて体が太く、ころがって来るとか毒があると評判されるへビを、ツチコロビ、ヨコヅツヘンビ、ツトヘビ、ツトッコなどいくつも集めている。これが近年にいたって、いやに話題 をよび、ブーム化した「ツチノコ」であることは疑いがない。ツチノコには、沖縄にしか分布し ていないはずのヒメハブが、少数ながら内地にも生息していて、それが正体ではないかという説 も出ている。またツチノコはヒバゴンと共に、フランスの″未知動物学普及家″ジャン=ジャッ ク・バルロワ 『幻の動物たち』 (早川書房) にも取り上げられた。
アブラスマシとか、フクロサゲというのは、信州や、天草のきまった山道や峠で、袋や油びん を提げてあらわれる妖怪であった。「あるとき孫を連れて天草島の草隅越という地点を通りかかった婆様が、ここには昔、油瓶を提げたのが出たそうじゃというと、『今も出るぞ』といってアブラスマシが出て来たという話もある」。