明治時代は西洋化が急がれ、「文明開化」というほど、近代化が進んだまろ。よって、西洋文化の流入で近代文学といわれるものもできたまろ。

新時代の思想や感情を表現するために、新しい西洋風の詩が創作されたまろ。この思潮を「新体詩」といい、外山正一らが「新体詩抄」の序文で西洋詩に範をとった新体詩の出現を提唱したまろ。

明治20年代の初頭、写実主義と一緒に興った思潮に「浪漫主義」というのがあるまろ。西欧文学の影響を受けて、封建制から解放された自由な精神近代的自我をもとめたものまろ。 森鴎外ら訳「於母影」島崎藤村「若菜集」土井晩翠「天地有情」

そして、明治40年前にフランスの象徴主義に影響された詩壇の新しい傾向の「象徴詩」ができたまろ・これは言葉による説明で、暗示的に情緒を生み、内面を伝えるものまろ。 上田敏訳「海潮音」蒲原有明「春鳥集」「有明集」三木露風「廃園」

短歌

明治初頭、革新期<根岸短歌会>「万葉集」の写実性を重んじて、「写生」の説を提唱したまろ。 正岡子規「歌よみに与ふる書」「竹の里歌」

明治20年代 「自我」の主張を、情緒あふれる歌風でうたったまろ。「明星」 与謝野鉄幹「東西南北」与謝野晶子「みだれ髪」

文壇の自然主義の影響を受けて、現実に直面した歌をめざし、近代人の苦悩、不安を直視した歌を展開したのが、「自然派」だまろ。 若山牧水「別離」 石川啄木「一握の砂」

退廃的な歌風で、官能や人生の哀歓を歌ったのが「耽美派」まろ。「スバル」 北原白秋「桐の花」

子規の唱えた万葉調の「写生」の歌風を発展させたのが「アララギ派」だまろ。島木赤彦「太虚集」斎藤茂吉「赤光」

 

俳句

革新期 月並俳句を批判。「写生」の説を提唱したまろ。

新傾向俳句 「写生」に飽きたらず、新材料をもとめて開いた。河東碧梧桐「新傾向句集」

子規の「写生」を発展させた客観写生の伝統を守り、俳句の本質を「花鳥諷詠」としたまろ。ホトトギス派 高浜虚子「虚子句集」

 

2年 1869年 版籍奉還を行う
4年 1871年 土井晩翠生まれる
廃藩置県を行う
5年 1872年 島崎藤村生まれる   
学制を発布する
6年 1873年 徴兵令を出す 地租改正条例
7年 1874年 高浜虚子生まれる
自由民権運動おこる
8年 1875年 蒲原有明生まれる
10年 1877年 薄田泣董生まれる
西南戦争がおこる
11年 1878年  与謝野晶子生まれる
15年 1882年 斎藤茂吉生まれる
種田山頭火生まれる
大隈重信らが立憲改進党をつくる
「新体詩抄」
16年 1883年 高村光太郎生まれる
18年 1885年 坪内逍遥「小説神髄」
北原白秋生まれる
伊藤博文が初代総理大臣になる
 19年 1886年 萩原朔太郎生まれる
20年 1887年 二葉亭四迷「浮雲」
22年 1889年 室生犀星生まれる
大日本帝国憲法を発布する
23年 1890年  森鴎外「舞姫」
第一回帝国議会
25年 1892年 堀口大学 生まれる
佐藤春夫生まれる
27年  1894年 日清戦争がおこる 
28年 1895年 下関条約を結ぶ
三国干渉でリャオトン半島を中国に返す
樋口一葉「たけくらべ」
金子光晴生まれる
29年 1896年 宮沢賢治生まれる
30年  1897年 金本位制を実施する
志賀潔が赤痢菌を発見
島崎藤村「若菜集」
ホトトギス出版
31年 1898年 正岡子規「歌よみに与ふる書」
八木重吉生まれる
33年 1900年 伊藤博文ら立憲改進党を結成
選挙法を改正
泉鏡花「荒野聖」
「明星」創刊
与謝野鉄幹ら「明星」を出版
 滝廉太郎「荒城の月」
三好達治生まれる
34年 1901年 官営工場八幡製鉄場が操業開始 
与謝野晶子「みだれ髪」
日英同盟を結ぶ
正岡子規「墨汁一滴」
田中正造が足雄銅山鉱毒事件で天皇に直訴する
35年  1902年 正岡子規「病床六尺」 
正岡子規死去 
中野重治生まれる 
37年 1904年 日露戦争
38年  1905年 ポーツマス条約を結ぶ
日比谷焼き討ち事件 
夏目漱石 「吾輩は猫である」
39年  1906年 南満州鉄道を設立 
島崎藤村「破戒」
夏目漱石「坊ちゃん」
40年 1907年 中原中也 生まれる
田山花袋「蒲団」
石川啄木「一握の砂」
「アララギ」創刊
43年 1910年  韓国併合 
大逆事件 
武者小路実篤ら「白樺」出版
石川啄木「一握の砂」
谷崎潤一郎「刺青」
44年 1911年  関税自主権を獲得 
平塚雷鳥「青鞜」
西田幾多郎「善の研究」