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クローン

『何故クローンを作ってはいけないのか?』

ドリーが生まれるに費やされた卵子の数277個。そのうちの一つだけが正常に妊娠することに成功して、ドリーが生まれた。つまりドリー誕生のために276個もの卵子が犠牲になっているのである。それには次のような原因がある。

・核移植が卵子との間でうまくいっても完全に胚を形成するまでの段階で関門がある。

・それを乗り越えても今度は奇形や異常な形質にならないか、という関門がある。

・そして、現実的な問題で、どうやって約300個もの卵子を手に入れるかである。女性の卵子は自然のリズムで月に一つ、排卵誘発剤を使っても1度に5つである。そして不妊症の女性の場合は代理母も必要になるのである。

このように対象が動物から人に変わるだけで安全性や確立性の問題が立ちはだかってくる。現状ではあまりに危険すぎるのである。

また、全ての高等動物たちは雌雄の性が偶然に結びつき、遺伝子を半分ずつ分け合うことによって子供に耐性を与えてきた。それが進化という現象を起こしているのに、クローンを行って全く同じ遺伝子をもった動物を増やすと進化がなくなる。もし急激に環境が変わったら、彼らはその環境の波に飲み込まれ、やがて絶滅するだろう。

人クローンは何故いけないか。それは、クローン自体が自然の法則に逆らってする技術なので、危険だからである。

『人クローン規正法』

現在人クローン規制法を作っていない国は多数あり、アメリカと日本もその中に入る事を知っているだろうか。イギリスを始めとする欧米各国は97年2月からヒトクローンの作成を禁止する事をすばやく確認、発表した。日本は主要各国の動きを横目で伺いながら各国から遅れること一ヶ月後に慌てて対応をしている。

どの国もドリーの出現で慌てたことは確かな事実である。しかし、それ以前の80年代から主要国は生殖医療全般に密度の濃い議論を交わして来ていたのである。90年代初頭に作られたヒトクローンに関する規制法に照らし確認しただけというのもまたしかり、その最先端の欧州の動きは、遺伝子組み替え作物もいまだ輸入禁止を揚げ、「非科学的で保守的過ぎる」と米高官から非難される欧州ならではの対応であると言える。

その一方、多少動きが異なるのが日本とアメリカである。日本と同じくヒトクローンの規正法のないアメリカは、大統領令で97年にヒトクローンに関する研究への連邦資金の配給を止め、下院に規制法案も提出はしているがいまだ継続審議中である。

日本はどうだろうか。時の首相橋本竜太郎の号令により諮問機関「生命倫理委員会」発足、急造で「ライフサイエンスに関する研究開発計画」をまとめ、翌年クローン規正法案の土台を築くべく、委員会内に「クローン小委員会」を設置した。

しかしここで思いもよらぬ事態が起こる。それから「小委員会」によって議論が重ねられ、スケジュール通りにクローン規制法案は提出されたが、その法案は小委員会で交わされた議論とは別の次元の話になってしまった。これはその法案の内容である。

<第三条 何人も、ヒトクローン胚、ヒト動物交雑胚、ヒト性融合胚又はヒト性集合胚を人又は動物の胎内に移植してはならない>

確かにクローンを発生に至らせるにはこの核移植卵を至急に戻すことをかかすことは出来ない。ドリー誕生以前はこの方法でクローン動物が作られていた。ではドリーはどうなのだろうか。ドリーのクローンの仕方はドリーを作り出した「体細胞」を利用する方法だ。これが何故世界中に衝撃を与えたかというと、この方法が全く精子を必要としないということである。つまりドリーは「無性生殖」によって生まれてきたということなのだ。元来、自ら分裂することで繁殖するアメーバなどの下等生物を除いた、地球上のあらゆる高等生物は、歴史上雄の「精子」と、雌の「卵子」による「有性生殖」によって代を重ねてきた。生物学上最も重要なことは「新しい生命の発生」である。そしてそれには精子と卵子が欠かせないものだった。だがそんな考えはドリーによって根本から崩された。

ヒトクローンの本質というものは新しい人間を生み出すということにあるのである。だから、生殖技術の一環と考えてその上で規制すべきだったのである。が、実際は違った。

科学技術庁はクローンだけを禁止しようと考えていたらしく、クローン胚、キメラ胚、ハイブリッド胚などと限られた条件付けをすることによってかえって複雑な内容になってしまったのである。しかも、第三条として設けられた違反対象の指針となる肝心な部分がなかったのである。法案では「何を研究するのか」を届けろというだけ。それではあの法案は胚を子宮に戻さなければ何をやってもいい、とも解釈されかねないものである。また子宮に戻すことも禁じられていない「特定胚」なんてものもある。あれは「クローン禁止法案」ではなく「クローン周辺研究容認法」であるなんてことまで言われた法案だった。結局この法案は審議不足を理由に廃案となった。

そもそもヒトクローン作成を禁じるのはよしとしても、この技術を医療に転用することによって治る病気があるとすると事態はさらに複雑化する。もうクローンの規制法案を作るには、視野を広げ、生命倫理、社会制度などさまざまなものを全て把握してからでないと取り組めないものになっているのである。クローンの法規制をめぐる問題はいまだ山積み状態である。

研究者でも予想し得なった事態を起こしたドリー。少し専門的な話になってしまうが実態はこういう論理らしい

普通、体細胞というのは最終段階まで分化した細胞である。だから胚のようにもう1度他の細胞に変わる未分化と言う能力がないと考えられてきた。しかしドリーでは、既に分化しきった細胞が未分化の段階になった。二つの細胞を一つに融合することによって未分化の段階まで遡るということが新クローン技術の本質だったのである。

ではそもそもドリーの作り方は?と思う方もいるかもしれないのでここに要点だけを書いておこう。

メスXから卵子を採取し、その核を除去する。メスYの乳腺の上皮から体細胞とり、核だけを採取する。Yの体細胞の核を、Xの核を除去した卵子に移植し、微弱電気を流して融合させる。そこで融合された核移植胚をメスZの子宮に入れて妊娠させる、というものである。遺伝学的にはYの核を使ったので、Yと全く同じ遺伝形質をもったクローンとなる。

これでクローンのだいたいの理解は得られたはずだ。まだ知りたい!と思う方は次のページを見ていただきたい。もう限界だ!と思う方は左のリストにクローン以外の項目があるのでそちらをご覧いただきたい。

それではクローン問題を続けたいと思う。

頭の良い方はここまで来たら分かると思うが、結局クローンというのはSF作品でみられるような、本体と同じ年、外見、人格というものができるのではなく、ただ遺伝子が同じである別個の存在でしかないものなのだ。他にもクローンに対していくつか誤解を受けている方がいるかもしれないのでここにいくつか誤解しやすいところを記しておく。

・皮膚の断片を培養するだけで簡単にクローンが出来てしまう。

・クローンが出来た時点で本人と同じ年齢になっている。

・そしてまるで本人の生き写しのように姿かたち、思考、性格に至るまで全てが同じである。

しかし、これらのイメージはSF小説や映画などの空想の産物であり実際はそんなことはない。

要は年齢差、時間差のある一卵性の双子が生まれるのである。

まず、われわれ人類のような哺乳類のクローンは、試験管では出来ない。また、クローン作成に必要なのは、一部の体細胞、卵子、子宮である。女性が一人いれば男性がいなくても女性のクローンは作れるし、裏を返せば、女性がいなければクローンは作れない。