天の章


1>宗教の教えの正しさについて

そもそも、宗教とは何なのでしょうか。

一般には宗教とは人生の苦しみから救われたい、人生の意味を確かめたいという願いから生まれたものとされています。人が人知を越える問題にぶつかったとき、精神の拠り所となるものだとも言えます。

無神論者の多い日本では比較的その傾向は見られませんが、世界規模で見れば、人種や住んでいる地域その他によって信仰する神は違っているものの、実に多くの人がそれぞれ自分達の神を信仰しています。古代から現代に至るまで、宗教が人々の心に生きる活力を与え続けてきたのは紛れもない事実です。

しかし、ここで一度信仰から離れて宗教というものを見てみると、各宗派同士の主張が噛み合わないことに気づきます。

例えば、昨年NYで起こったテロ事件、及びその後の報復戦争にしても、元々の原因はイスラム教世界とキリスト教世界の摩擦による宗教対立だと言っていいでしょう。イスラエルとパキスタンの抗争も同じ理由から来ています。

この二つの宗派の対立は古くから見られるもので、十字軍や聖地回復運動などもその一環です。キリスト教の聖地とイスラム教の聖地が同じ場所にあること、どちらも一神教で自分達の神を唯一絶対の神として崇めていること等に加え、さらにイスラム教世界がキリスト教世界を脅かしたり、キリスト教世界がイスラム教世界を征服したりといった歴史的背景も絡んで、この二つの宗派は長い間対立を続けています。

でも、考えてみてください。一体どちらの主張が正しいのでしょう?

そもそも、どちらかが一方的に正しいなどということが言えるでしょうか?

キリスト教信者にとってはキリスト教が正しい教えであり、イスラム教信者にとってはイスラムの教えこそが絶対です。しかし、両者の内どちらが正しいのかを客観的に決める材料は何もありません。信仰以外の方法で宗教の正しさを確実にすることは出来ないのです。もちろんこれはイスラム教、キリスト教以外の宗派も同様です。どの宗教が正しいか、とか、宗教上の教えが本当に正しいものなのか、という問題について、私達は理性で答えを出すことは出来ないと私は考えます。