■ザネリの性別論について
項目(クリックするとその考察を見ることができます)
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第四次稿に見るザネリのせりふと描写
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第三次稿に見るザネリのせりふと描写
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ザネリの描写について
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ザネリの意地悪について
ザネリの性別について、考えてみたことがあるだろうか。ほとんどの人は、銀河鉄道の夜を初めて読んだ時に、意識せずにどちらかの性別だと思い込んでいる場合が多い。しかし、男だと思うか、女だと思うかは、聞く人によってまちまちである。ザネリの性別がどちらかという答えはまだ出ていない。少年であるのか、少女であるのかを特定する要素は少ないが、ここではその要素を取り上げて、どちらの性別なのかを考える根拠にしてもらいたい。
■第四次稿に見るザネリのせりふと描写
第四次稿の前半でのザネリは、ジョバンニをからかい、いじめる役として描かれ、九章の最後では、川に落ちたところをカムパネルラが身代わりになることによって助けられるという役で描かれている。まず、第四次稿のザネリに関する記述を抜き出してみよう。
第一章、午后の授業でジョバンニが質問に答えられなかった時
ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。
第二章、学校が終わった後ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭の隅の桜の木のところに集まっていました。それはこんやの星祭に青いあかりをこしらえて川へ流す烏瓜を取りに行く相談らしかったのです。
第四章、ジョバンニが牛乳を取りに行く途中、だいぶ暗くなった街角で
いきなりひるまのザネリが、新らしいえりの尖ったシャツを着て電燈の向う側の暗い小路から出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。
「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」ジョバンニがまだそう云ってしまわないうちに、
「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」その子が投げつけるようにうしろから叫びました。
ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るように思いました。
「何だい。ザネリ。」とジョバンニは高く叫び返しましたがもうザネリは向うのひばの植った家の中へはいっていました。
「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのだろう。走るときはまるで鼠のようなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのはザネリがばかだからだ。」
第四章、ジョバンニが牛乳屋から帰る途中
十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、向うの橋へ行く方の雑貨店の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れて、六七人の生徒らが、口笛を吹いたり笑ったりして、めいめい烏瓜の燈火を持ってやって来るのを見ました。その笑い声も口笛も、みんな聞きおぼえのあるものでした。ジョバンニの同級の子供らだったのです。ジョバンニは思わずどきっとして戻ろうとしましたが、思い直して、一そう勢よくそっちへ歩いて行きました。
「川へ行くの。」ジョバンニが云おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、
「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」さっきのザネリがまた叫びました。
「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」すぐみんなが、続いて叫びました。
第四章、ザネリにからかわれた後町角を曲がろうとした時
町かどを曲るとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。
第六章、銀河ステーションでジョバンニがカムパネルラを発見した時の、カムパネルラの第一声
「みんなはねずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。
ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、
「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは
「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎いにきたんだ。」
カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。
第九章、ジョバンニにマルソが走り寄って言った言葉「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」
「どうして、いつ。」
「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押してやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」
「みんな探してるんだろう。」
「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附からないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」
■第三次稿に見るザネリのせりふと描写
次に、第三次稿にあるザネリの記述を見てみよう。第三次稿では、ザネリが川に落ちたというくだりはかかれておらず、ザネリはただ前半にジョバンニをいじめる役としてでてくるのみである。第四次稿と相違点があった部分だけ抜き出した。
四章、暗い町角をジョバンニが歩いているといきなりすれちがう。
一人の顔の赤い、新しいえりの尖ったシャツを着た小さな子が、電燈の向ふ側の暗い小路から出てきて、ひらっとジョバンニとすれちがひました。
顔の赤い、小さな子という形容が加えられている。「ザネリ、どこへ行ったの。」ジョバンニがまださう云ってしまはないうちに、
「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」その子が投げつけるやうにうしろから叫びました。
-略-
(ザネリは、どうしてもぼくがなんにもしないのに、あんなことを云ふののだらう。ぼくのお父さんは、悪くて監獄にはひってゐるのではない。わるいことなど、お父さんがする筈ないんだ。去年の夏、帰ってきたときだって、ちょっと見たときはびっくりしたけれども、ほんたうはここにわらって、それにあの荷物を解いたときならどうだ、鮭の皮でこさへた大きな靴だの、となかいの角だの、どんなにぼくは、よろこんではねあがって叫んだかしれない。ぼくは学校へ持って行ってみんなに見せた。先生までめづらしいといって見たんだ。いまだってちゃんと標本室にある。それにザネリやなんかあんまりだ。けれどもあんなことをいふのはばかだからだ。)
ザネリが意地悪をするのは、ジョバンニの父が監獄に入っているせいだという記述が明確にある。
第六章、銀河ステーションでジョバンニがカムパネルラを発見した時の、カムパネルラの第一声「ザネリはね、ずゐぶん走ったけれども、乗り遅れたよ。銀河ステーションの時計はよほど進んでゐるねえ。」
ジョバンニは、(さうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもひながら、
「次の停車場で下りて、ザネリを来るのを待ってゐようか。」と云ひました。
「ザネリ、もう帰ったよ。お父さんが迎ひにきたんだ。」
みんなの記述が無く、ザネリが走ったけれども追いつかなかったとのみ書かれている。
■ザネリの描写について
ザネリ描写から、性別を解釈する事ができる行動描写ををまとめてみよう。
@ジョバンニを見てくすっと笑った
A級友(少年)と仲が良い
Bジョバンニと"ひらっと"すれちがった
Cジョバンニに投げつけるように意地悪を叫ぶ
D級友の中で率先してジョバンニに意地悪を言う
E船の上から烏うりをおしやろうとした
F第三次稿の場合のみ、赤い顔をした小さい子
@、B、Fのザネリの描写は、どちらかというと少女めいたものである。それに対してC、D、Eの行動は大胆であり、少年らしさを感じられる。また、Aの同い年の少年達と仲が良いという事実は、ザネリが少女であるとするよりも、少年だとする方がより自然である。
■ザネリの意地悪について
ザネリのカムパネルラに対する意地悪は、同じ生徒達の中でも群を抜くものである。第四次稿の九章でマルソがジョバンニに話しかけたのから見てもわかるように、ザネリ以外の生徒は、ジョバンニに対して特にあからさまに仲間はずれにするような態度を取っていない。しかし、ザネリは率先してジョバンニをからかい、それに付随するように他の生徒もジョバンニをからかっている。このザネリの意地悪をどう考えるかで、ザネリの性別をそれぞれ解釈することができる。
意地悪の解釈は二通りある。一つは、仮にザネリの意地悪がジョバンニに特別な思いを持っているためだという解釈だ。この解釈では、ザネリが少女だと考える事ができる。ザネリはジョバンニの事を気にかけているが、それを表現するのに意地悪をしてしまうとすると、町でジョバンニと会った時の態度、特に
”町かどを曲るとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。”
という一文はその事を暗示している様に思える。
しかし、ザネリの意地悪は、ジョバンニの父が密猟者だという悪い噂から来たものだとも解釈できる。”新しいえりの尖ったシャツを着た”という描写から、ザネリはある程度裕福な家庭に育っているのだとわかる。それに対してジョバンニは、きゅうくつな上着を着ており、朝も晩も働いている。ザネリのジョバンニに対する意地悪は、貧しい家庭に育ち、悪い噂もあるジョバンニの家に対する嫌悪感や好奇心、興味から来ているとも考えられる。
どちらの解釈でも、ザネリはジョバンニを意識している。また、銀河ステーションでのカムパネルラのせりふから、カムパネルラも他の級友とは違う意識をザネリに対して持っている事がわかる。銀河鉄道の夜を、ジョバンニ、カムパネルラ、ザネリの3人の関係に注意しながら読むと、新しい発見ができるかもしれない。