架空インタビュー


◎ テーマ:青函トンネルを掘って

講 師:持田 豊氏(もちだ・ゆたか=元日本鉄道建設公団海峡線部長)
     奈良県出身。
     青函トンネルの工事を指揮し、英仏海峡トンネルの技術顧問も務めた。
     高倉健主演の映画「海峡」のモデル。
     2002年 5月15日、肝不全のため横浜市戸塚区の病院で死去、73歳。

 この架空インタビューは、青函トンネル建設の現場責任者だった持田 豊氏が
1985年 7月20日に京都市で話された講演の記録をインタビュー形式で再構成した
ものです。
   出典:神陵文庫(http://lib.ulis.ac.jp/collection/shinryo/)
   2002年2月5日、電話とFAXで転載許可を取得

 世紀のビッグプロジェクト「青函トンネル」建設を指揮した持田 豊氏の、体験に基づいた
貴重な言葉の数々をご紹介します。



Q.1 青函トンネルが完成した今、うまくいったポイントは何だったとお考えですか・・・?

Q.2 このような長大な海底トンネルを掘り進めるのは未知の体験だった訳ですが、どのように技術面をクリアしながら工事を進めていったんですか・・・?

Q.3 海底トンネルの工事で一番大変なのは、海水が割れ目からもれてくる出水事故だと思いますが、その辺りをお話しください。

Q.4 本州と北海道の両側から同時に掘り進んで言った訳ですが、先進導坑が貫通した時の測量の誤差はどの程度だったんですか・・・?

Q.5 日本は地震が多いんですが、青函トンネルは大丈夫でしょうか・・・?

Q.6 今後、こういう大きなプロジェクトを進めていく上で、大切になってくるものは何ですか・・・?






Q. 青函トンネルが完成した今、うまくいったポイントは何だったとお考えですか・・・?

A. トンネルに関わらず、すべての土木工事というものは、要するに、いかに自然を十分に理解するかということですね。自然を理解する手段としては、現在のボーリングでありますとか、水温であるとか、また土木試験であるとかなど、いろいろな方法があるわけでありますが、最終的には、やはりそれを設計なり仕事の上で生かせるのは、人間の判断であります。そういうふうなことを徐々に理解していく。それがむしろ、ある意味では青函トンネルがなんとかやれた一つの大きな原因であります。

しかも、こういうふうな技術開発は、先進導坑を全部直轄工事と言いまして、鉄道建設公団そのものが作業員を直接雇いまして、公団の若い職員がそれの監督、ないしは一緒に仕事をするという格好で、身体で憶えていったという点が、青函トンネルをやれた大きな原因だというふうに考えております。



Q. このような長大な海底トンネルを掘り進めるのは未知の体験だった訳ですが、どのように技術面をクリアしながら工事を進めていったんですか・・・?

A. 調査から実際に工事にかかる時に、われわれが考えたのは、結局、どの程度まで調査すれば工事にかかれるかという判断の基準をどうするかということです。それは究極的に言うと、若い技術者をとにかく何人育てればよいのかということにもなります。一つの切羽、一つの現場は、昼夜少なくとも三交替でやっています。しかも注入は何箇所かでやっておりますから、やはり二十〜三十人はすくなくともそういうことが完全に判断できる人ができなければならない。それで、実際の堀削工事は、昭和三九年から先進導坑の堀削を始めたわけですが、それから四〜五年かかって、ようやくそういう人たちが育ってきた。それで昭和四六年からようやく工事にかかれた。そのころになると、大体三十人ぐらい、なんとかそういう人たちが育ったんだなぁという気がします。これでなんとかやれるかなという気がしたのが、、実感でありまして、まあ、地質が分かったとか、分からないというようなことは、余りたいした問題ではなかったように思います。



Q. 海底トンネルの工事で一番大変なのは、海水が割れ目からもれてくる出水事故だと思いますが、その辺りをお話しください。

A. 一回だけ北海道側で、これだけあれば大丈夫だろうと思っている排水ポンプの容量を超えての出水があったわけで、そのときは非常に慌てたわけであります。
土のうの代わりにセメントの袋、土のうを作っている暇がないわけでありますから、セメント袋を土のう代わりにして、ここを堰にして、一応収まったところで、ポンプで水を揚げるという格好をとるわけであります。

こういうふうな大出水の時に、非常に困るのは、坑内にいろんな電話がありますが、やはり日頃からコミュニケーションをよほど良くしておかないと、その人間がどれだけ困っているのか、どれだけ大変なのかということが顔を見ない限り分からない。だから、電話の声だけの判断では、どういう手を打てば本当に良いのかということが分からないという点で、やはりコミュニケーションを常に良くしておく必要がある。つまり、電話だけでもすべてが分かるようにしておかなければいけない。それが異常出水なんかで痛感するところでありまして、人間の顔色を見ないでも、声で分かるように、常に現場の人たちと会話をしておくということが、非常に必要なことだというふうに感じております。

こういうふうに水がでてまいりますと、いかにトンネルの中というのはネズミが住んでいるかというのが、よく分かります。水が出だしますと、もうネズミは一生懸命逃げます。それにつられて、人間も一緒に逃げる。今まで四回の大出水があったわけでありますが、実を言うと、人間の災害というのは全くなくて、怪我人一人出なかった。これは幸いにして、うまく逃げてくれたせいであるというふうに思っております。

ただ、後で困るのは、こういうふうに堰を作るのに、セメント袋を使っておりますのが、ものすごくコチンコチンに固まって、後で取るのに、非常に苦労したというようなことがございます。

いずれにしましても、こういう大出水の時に一番大事なことは一体何かということは、やはり状況をいつも頭の中にいれておくということ。それと、この人がこういう話し方をした時は、非常に困っている時だ。いや、この程度のことなら、まあ、大丈夫であるということで、個人差をつけて、きちんと知っておく。また、こちらの言い方も、こういう言い方をすれば、絶対にやらなければいかんなということを、常にやっぱり向こうに思ってもらっておくことが、非常に必要である。そのためには、やはり先ほど言いましたように、自然に対する判断であるとか、そういうものを常によく話し合っていくということが、一番大事であろうと思います。



Q. 本州と北海道の両側から同時に掘り進んで言った訳ですが、先進導坑が貫通した時の測量の誤差はどの程度だったんですか・・・・?

A. 北海道と本州を渡海測量をやっています。これは水準と、それから距離でありますが、距離は最近、レーザー光線を使った、ジデオメーターという非常に精度の良い、10マイナス6乗程度の精度のある距離計ができましたので、これで両方から三点ずつ、合計六点で距離と角度を測りながら、やっています。距離と角度共に、やはり一度に十回以上測っていました。それを毎年、大体、秋の夜にやっているわけなんです。非常に気流の安定している時にやっているわけなんですが、もうすでに何万回とやっている。それで、非常に誤差が少なくなっているんではないかと思います。

そして、今度はトンネルの中を測量する。この測量はもう青函だからということではなくて、どこのトンネルをやっているのも同じことですが、これを毎年改測をしている。特にお盆と正月の仕事休みの時に、改測しました。地盤が動いておりますから、毎年きちんとやっても、若干違ってくる。現在でもまだ動いております。だから、本当の本当は何かというのは、実を言うと、まだ分からないという状態であります。

いずれにしましても、これは大体、左右で海峡の真ん中で約50センチの差で済みました。50センチというのは、100メーターぐらい手前からボーリングして分かったわけでありますが、その後の100メーターで修正しましたから、本当の貫通は、もう2ミリぐらいの精度でやっております。ただ、100メーター先でそのままやっておれば、50センチぐらい違っただろう。高さが大体19センチぐらい違っております。国土地理院の高さが、約10センチぐらい違っておりまして、いずれにしても、北海道、本州というのはそれが先程言いましたように、19センチの違い、ないしは10センチの違いが、本当にどうなのかというと、これはもう少したたないと、多分分からないだろうというふうに思っております。

いずれにしても、貫通する前は、一体どうなるのかというのは、われわれも非常に心配であったわけでありますが、この測量がなんとかうまくいって、まあまあのところで済んだというのは、やはり長年にわたる回数であった。もう一つは非常に運が良かった。いろんあエラーの要素が、よい方に、よい方に働いてくれたという、運の良さと、両方であろうと思っております。



Q. 日本は地震が多いんですが、青函トンネルは大丈夫でしょうか・・・・?

A. 青函トンネルを堀削中にかなり大きな地震があったわけでありますが、それに対しては、一応今のところ、トンネルの外とトンネルの中に地震計を置きまして、測定しております。地震の震度としては、大体、外の地震の震度に比べまして、トンネルの中は五分の一程度であるということです。トンネルが地震でやられる時には、まず、外はメチャメチャになっているという格好でありましょう。今まで世界で起こっている地震は、マグニチュード8.5ぐらいが一番大きいわけでありますが、それがトンネルの近くで起こっても、まず、それの震動でトンネルが壊れることはないであろうというふうに考えられます。



Q. 今後、こういう大きなプロジェクトを進めていく上で、大切になってくるものは何ですか・・・・?

A. やはり一番問題なのは、これからいかにいろんな解析方法が発達しましても、やはり自然の理解といいますか、自然の情報ですね。簡単に言えば、今後いろんなものを計算する際でも、いかに正確にインプットするデータが取れるかどうか、あるいはデータが取れなくても、この程度だという判断をする目といいますか、そういう力を持っていく必要があるだろう。今後、技術者というものが、これからコンピューターの奴隷にならないで済むか、済まないかというのは、その辺になるんではないか。結局、これからというのは、やはり限りない不可解さのある自然に対する一つの理解、青函でもそうでありますが、これに挑戦して、勝とうなんてことは、とても考えてはいけないわけであります。一番理解しやすい側面というものは何であるかということを、よくわきまえながら、それを本質的につかまえていくということが、非常に大切ではないかというふうに思っております。

いずれにしましても、こういうふうな仕事というのは、結局、材料であるとか、機械であるとか、そういうものがやるんじゃなくて、やはり人間であります。人間というのは過ちが多い。逆に言うと、過ちをしないのは神様で、人間じゃない。やっぱり人間には過ちがあるということは、常に計画の上で考えなきゃいけない。だから、エラーをどれだけ許せる範囲で仕事がやれるかという、ふところの深さというものが、こういうふうな仕事をやる場合に、最も考慮すべきことであったろうと思います。

いろんな歩みで、自然理解といいましても、地質の上においては、これは男か女かぐらいが分かれば、とにかく仕事ができるんだというふうな面と、それと、きちんと足の文数までが分かっていないと、だめだというのと、いろいろな対象といいますか、やる仕事の性質によって違うわけであります。だから、なんでもなんでも、闇雲に精度を求める必要はありませんし、また、なんでもかんでも、おおざっぱでいいというわけじゃなくて、むしろ一つの程度というものをどう考えるか。あるいは常に人間というのは間違いやすい、人間というのは失敗するものであります。青函トンネルそのものも、技術的な意味では、「機械堀り」、あれなんかは2キロぐらいでさっさと旗を巻いた。ある意味では、その旗の巻き方が早かったおかげで、できたのであって、あれは旗を巻かないでやっていれば、案外、まだもたもたしていたかもしれません。

いずれにしましても、人間というのは、やはり過ちを犯した上に、一番いけないのは、過ちを隠そうといいますか、意図的に人に隠そうというんじゃなくて、自分の心の中で隠そうとする。これがやはり一番いけない。それが自然の理解を妨げるものだいうふうに思います。試行錯誤というものは必ずあるものですし、また、逆に言うと、試行錯誤のないものには進歩はあり得ない。青函でもやはり、100のことをやったとすれば、成功したのは本当にせいぜい10ぐらいであります。その10で、人間が育ったんじゃなくて、残りの九十で若い技術者が育っていったというふうに、私は思っております。

現在の財政事情その他では、いろんな問題がありましょうが、長い目で見れば、また、これから大きなプロジェクトも出てくるだろう。大きなプロジェクトには人間がかかわります。やはり息が長ければ長いほど、人間の温かみといいますか、そういうものがない限り、多分いい仕事にはならないだろうというふうな気がいたします。

私なんかが30年前に国鉄に入った時は、非常に不況下ででありまして、青函トンネルなんか、まさかやるとは思っていなかったわけであります。それが、それから数年たちまして、調査なんかを終わって、いよいよやろうという時に、「技術者のアドベンチャーだな」というようなことを総裁が言いましたけれども、こんな大きな仕事にかかわったわけであります。そういうような時代が必ずまた到来してくる。どのレベル、どのようなプロジェクトであるか知りませんが、必ず起こってくると思っております。

先程から申しておりますように、青函トンネルというものは、いろんな意味での試行錯誤の産物であって、決してこれがベストのものであったということではなくて、これを踏み台にして、また次の何かができうれば、非常に幸せだなというふうに思っております。

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