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ハットゥシャは、人類史上良質な鉄の量産に初めて成功した『ヒッタイト帝国』の首都として知られている。
ヒッタイトは、黒海周辺を経由してアナトリア高原にすんでいたが、その後ハットゥシャに遷都し、一大帝国に発展することとなった。
もともとハットゥシャはヒッタイト族ではなくアッシリア人が築いたものだが、紀元前18世紀初期にヒッタイトの王の軍勢によって破壊されてしまった。紀元前17世紀ごろになると、ヒッタイト帝国は周囲の国々を服従させ、大帝国となった。其の時の王、ラバルナシュ1世はハットゥシャを再建し、その後ハットゥシャへと遷都。
ハットゥシャの街は、東西約1.3km、南北約2.3kmを厚さ8m高さ最高6mの城壁で2重で囲んだ城塞都市で、街の中心部よりやや東にはビュユク・カレ(大きな城)と呼ばれた王宮兼城塞があり、その南西にはサル・カレ(黄色い城)とイエニジ・カレ(新しい城)とよばれる二つの城塞があったらしい。街の南部には4つの神殿と城壁の遺構が今も残っていている。
門は城壁の東にあり、ライオン門や、スフィクス門などと呼ばれた。その名称は、それぞれの門の側に置かれていた石像から名前を取ったといわれている。
また、城壁の外北東約2kmの場所には「ヤズルカヤ」という名の岩で造られた神殿があり、ヤズルカヤとは「文字の刻まれた岩」という意味らしい。この神殿は自然の岩の割れ目を利用して造った大小2つの回廊と岩の前にある祭事を行うための建物で成り立っており、回廊の岩には、ヒッタイトが信仰していた神々の姿がなされている。
1981年に登録された。
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