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12*日本文化の起源・照葉樹林文化・イネ ■ 今度は私達日本人の生活の営みから生まれた日本文化について見ていきましょう。 稲作が始まる以前の日本の文化はどんなものだったのでしょうか。 稲作が日本に伝わる前、日本はアワやヒエ、ソバなどの雑穀やイモ類の栽培を中心に行い、主食としていました。これは縄文時代に始まった文化で、またアワやヒエなどの雑穀は、稲作が伝わった後にも、身分のあまり高くなかった庶民の主な食料となっていました。 このような文化は、東アジア一体に広がる照葉樹林地帯に共通した文化で、照葉樹林文化といわれています。この文化に属していた地域として、日本やヒマラヤ、ジャワなどが挙げられ、またこの3つの地域が作る3角形内にある地域でも、照葉樹林文化が共通して営まれていました。 現在でも、この照葉樹林文化の地域ではスシやコンニャクなど、我々日本人がよく口にするものが食されていて、私達日本人文化の起源は、この照葉樹林文化であるといえるのです。 また、弥生時代に日本に伝わった水田で稲を育て、米を取る稲作農耕文化も、日本の文化の基本を形作った一つです。生産性の高い稲作農耕は、アワやヒエなどの雑穀に比べて安定して収穫することが出来、日本人は生活に余裕を持つようになりました。そうして、貧富の差が生まれ、身分が作られ、大勢の人が助け合って暮らす村などから、小さな国家が多く作られるようになりました。やがて、大和政権によって日本は一つの国家に統合され、『古事記』『日本書紀』が出来、また『天皇』や『日本』という言葉も作られたというわけです。 稲作から、日本の信仰の根本を探ることも出来ます。日本は稲の生育を見守ってくれる神々を信じ、そのため収穫祭などは各地方で今でも行われるというものです。また私達は祖先の霊も崇めていますが(盆や彼岸などがそうです)、これは水田の神の信仰が祖先の霊の信仰と一つになっていったものと考えられています。 時が過ぎるに連れて、日本では狩猟や漁業、手工業などといった多様な文化が独自に形成されていき、現在でも方言や食べ物などが日本の中でも地域によって異なっているように、その文化の違いは見られます。日本の文化は、このように多様な文化でもあるのです。 |