リビドーとナルシチズム

フロイトは自我本能と性本能は別のもので、分けて考えられると考えました。

自我本能とは生きていく上で必要な、摂食、排尿などに対する欲求のことを言います。
そしてフロイトは、性生活の原動力「リビドー」と呼んでいます。
さらに、性生活とは関係なく、自我本能の原動力は「関心」と呼び、2つを区別しました。


ちゃんと対象物があるリビドーを「対象リビドー」と名付ました。
さらに、これはフロイトではなく、共に研究をしていたアブラハムの意見なのですが、対象のないリビドーは行き場が無く、自我に向かい、それゆえに妄想をする事になる、と考えました。
自我に向かうリビドーを「自我リビドー」と名付けました。


そしてアブラハムの考えを基に、フロイトはさらに研究し、リビドーは元々は対象リビドーも自我リビドーも自我のなかにあり、どちらが表に出るかは正常ならばすぐに転換できると考えました。

さらにこの自我リビドーを「ナルチシズム」と名付けました。