核兵器


日本は原子爆弾が落とされた唯一の国です。
その原子爆弾は
 @街の上空500〜600mのところで爆発
 A1秒後に直径280mの火の玉
 B爆発したときには数百万度の熱(1秒後には5000度)
 C爆心から500m離れても秒速280mの風(室戸台風は秒速84.5メートル)
 D爆心から500m離れても5000〜6000ラドの放射線(宇宙から降り注ぐ放射線は年間約0.1ラド)
という恐ろしいものでした。
放射線は皮膚も骨も肉も刺し貫くので細胞が壊されます。
1945年12月末時点で死者数は広島で約14万人、長崎では約7万人となりました。

 第2次世界大戦後、アメリカとソ連が競って核兵器を作り始めました。世界を自分たちの思い通りにしようと考えたからです。
2国間で激しい対立となり、「冷戦」と呼ばれました。
 最初に核兵器を開発したのはアメリカで、ソ連に秘密が漏れないように広島・長崎の街の様子や被爆者を撮った日本の映画フィルムを没収したり、医者が解剖した被爆者の内臓を持ち去ったり、短歌やスケッチ画の発表にまで目を光らせとたそうです。
しかし1949年6月、アメリカの予想よりも早くソ連は原子爆弾を作り上げました。
 アメリカはさらに水素爆弾を作りました。1番小さいものでも広島型原爆の25倍の力になる強力なものです。
1954年3月1日、南太平洋マーシャル群島のビキニ環礁から約160km離れたところでアメリカの水爆実験によって、日本の漁船「第五福竜丸」が被爆した事件もあります。
 ソ連も1年遅れて水素爆弾を作り上げたのです。

 同じく運搬兵器の開発でも2国は競いました。
なるべく長い距離を飛び、高い性能を持った爆撃機を作ろうとしたのです。
そしてアメリカは「B50」「B52」を開発し、ソ連は「TU16(バジャー)」「M4(バイソン)」「TU95(ベア)」を開発しました。
これらの爆撃機が飛び立つ空軍基地を相手国の周りにはりめぐらせるために味方の国々と条約を結び、その同盟国にも基地をおきました。(日本では沖縄におかれました)


事典に戻る
専門用語解説