新選組の隊服といえば、水色で袖に白い山形模様。新選組はいつもだんだら羽織で京都の町を歩いていた...
と思っている方が多いのではないでしょうか。今やドラマや漫画の影響で、
間違えて覚えてしまっている方が多くいます。新選組の隊服の本当の真実、教えます。
これらはあくまで資料をもとに考えられる有力な説です。
実際に、この隊服らは残っていません。
■新選組の隊服は真似したもの■
新選組の隊服といえば、水色で袖に白い山形の模様、いわゆるだんだら模様。
多くの人が←左下の図のようなものを思い浮かべると思います。
これはもともと、当時人気だった歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の衣装のデザインを真似て、
副長の土方歳三が考えたもの。
色は、新選組が日々死と隣り合わせだった為、武士が切腹する時に着る服の浅葱色からきています。
それでは、新選組はふだんこの羽織をはおっていたのか、というとそうではありません。
しかし、多くの方がこれが隊服で普段着ていたんだと思っていると思います。
それもそのはず、ドラマや漫画では、この隊服が多く使われているからです。
しかし実はこの隊服、夏服だったこともあり、ほとんど着られる事は
ありませんでした。その為、池田屋事件でもこの隊服を着ている隊士は
2,3人しかいなかったそうです。
■普段着ていた隊服■
それでは新選組は普段何を着ていたかというと、左の図のような黒い羽織をまとい、全身黒ずくめでした。
浅葱色の隊服は、すぐに汚れてしまい、洗濯する時にはいちいち縫い直さなければならない、とても面倒なものでした。
それに比べてこの隊服は、返り血を浴びてもしみがめだたないし、夜道でも目立たない為、普段着用していたのです。
※注意※
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