年月 |
出来事 |
1950年代 |
東大宇宙化学研究所で糸川英夫博士らがペンシルロケットの水平試験から日本の宇宙開発が始まる。 |
1955年 |
航空宇宙技術研究所(NAL)設立。 |
1969年 |
宇宙開発事業団「NASDA」設立。 |
1970年 |
東大宇宙研究所が日本初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功。(世界で4番目) |
1971年 |
東大宇宙研究所が科学衛星「しんせい」の打ち上げに成功。 |
1975年 |
NASDAが人工衛星きく1号を載せたN-Tロケットの1号機の打ち上げ成功。 |
1981年 |
東大宇宙科学研究所が改変され宇宙科学研究所が設立された。(ISAS) |
1985年 |
東大宇宙科学研究所が太陽系探査機「さきがけ」の打ち上げに成功。 |
1986年 |
H-Tロケットの試作1号(2段式)の打ち上げ成功。 |
1994年 |
H-Uロケットの試作1号機の打ち上げに成功。
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2001年 |
H-UAロケットの試作1号機の打ち上げに成功。

(JAXA HP より)
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2003年 |
NAL・JASEA・ISASが統合化され宇宙航空研究開発機構
(JAXA)の設立。 |
2009年 |
H-UBロケットの試作1号機打ち上げ成功。 |
H-U・H-UA・H-UBロケットは日本が作った衛星打ち上げ用ロケットである。H-Uロケットは今までの国産ロケットと違い主要な技術の殆どが国内の物で賄われている。
H-UAロケットは円高により国内部品の価格が高等化したため海外の安い部品を使い再設計したロケットで積載能力も上がっている。なを、14回発射に成功している。
H-UBロケットは国際宇宙ステーションへの物資補給に使われる補給機にするために作られたロケットである。開発費を安くすることからH-UAの改良型となり現在まで1回打ち上げに成功している。
1回の打ち上げ費用はそれぞれ
H-Uロケット…190億円
H-UAロケット…85〜120億円
H-UBロケット…147億円
となっている。