海洋酸性化

The Ocean Acidification

 CO₂がもたらす海への影響

海はしょっぱい。では、あなたは海が酸っぱいのか苦いのか、つまり酸性なのかアルカリ性なのか、考えたことはあるだろうか。

人類が排出したCO₂の影響で地球温暖化が起きていることは学校でも習ったかもしれない。海水の温度も上がっている。そして、温暖化だけではなく、海にとってはCO₂はもう一つの影響がある。それが、酸性化だ。

CO₂のせいで海が徐々に酸っぱく、つまり酸性になりつつあると聞いたら、あなたはどのように感じるだろうか。

そしてこれから何十年か経って、もっと酸性になった海では生き物がどうなるかを考えてみよう。

海洋酸性化が生じる仕組み

Mecahanism under Ocean Acidification

  • 1

    二酸化炭素(CO₂)の排出

    化石燃料の燃焼によって排出されたCO₂は大気中に拡散する。大気中のCO₂は大気中への蓄積、植物などへの吸収、そして海に溶ける。

  • 2

    海によるCO₂の吸収

    人類が排出した年間36ギガトンのCO₂のうち、25%の9ギガトンは海に吸収される。この量は植物に蓄積されるCO₂に匹敵する。9ギガトンのCO₂とは、日本人全員が呼吸で産み出すCO₂の200年分以上だ。

    もし海がCO₂を吸収しなければ、大気中に残るCO₂は1.5倍になり、温暖化を促進していたかもしれない。

  • 3

    海の酸性化

    水溶液の酸性・アルカリ性を決めるのは水素イオン(H⁺)の濃度だ。海水も食塩などが溶けた水溶液なので、同じことが言える。

    水(H₂O)に二酸化炭素(CO₂)が溶けると、炭酸(H₂CO₃)になる。H₂CO₃は水素イオン(H⁺)と炭酸水素イオン(HCO₃⁻)になり、HCO₃⁻は更に分離してH⁺と炭酸イオン(CO₃²⁻)になる。

    このような過程でCO₂が水に溶けるとH⁺が発生し、海が酸性になる。CO₃²⁻になったCO₂は海水中のカルシウム(Ca)と結合して炭酸カルシウム(CaCO₃)になり、海の生物に利用される。(気象庁「海洋酸性化」)

  • 4

    海洋酸性化の進行

    世界中の海の酸性化度合い(pH)について、過去、現在、将来の予測のグラフを示す。

    CO₂の排出量が増え続けているため、海が酸性化していることは世界中で報告されている。

    このまま対策を打たないと更に酸性化が進むと予測されている。点線は強いCO₂排出規制を行った場合。(IPCC WGIIAR5-Chap30.3.2.2.)

  • 5

    炭酸イオンの減少と生物への影響

    海水中のCO₃²⁻濃度の変化と将来予測のグラフを示す。

    海洋酸性化は酸性になった海が直接貝殻やサンゴを溶かすより高いpHから海洋生物に影響をもたらす。これらの動物は炭酸カルシウムを外骨格などに利用する。炭酸カルシウムはアラゴナイト(aragonite)とカルサイト(calcite)の2種類の結晶構造をとり、アラゴナイトよりカルサイトの方が安定で硬い。海水中の炭酸イオンが減少するとこれらの炭酸カルシウムをつくるのに必要な炭酸イオンが不足し、貝殻やサンゴの類やサンゴの貝殻や骨格形成に必要な物質が不足することが予測されている。グラフ下側の直線がアラゴナイトやカルサイトに必要なCO₃²⁻濃度で、これを下回ると海の生物が炭酸カルシウムを利用しにくくなる。(IPCC WGIIAR5-Chap30.3.2.2.)

コラム:酸性化すると炭酸イオンが減る?

海中の炭酸イオンは、大気中の二酸化炭素(CO₂)が海水に溶けてイオンになることで発生する。だから、「海洋酸性化が生じる仕組み」で紹介した、海水に溶けるCO₂の量が増えると炭酸イオンの濃度が減少するという現象は、一見すると直感に反するように思われるかもしれない。

炭酸イオン(CO₃²⁻)が減少するのは、炭酸イオンが炭酸水素イオン(HCO₃⁻)や水素イオン(H⁺)との化学平衡に関与しているためだ。海水中のCO₂が増加すると、水に溶けたCO₂は炭酸(H₂CO₃)となり、さらに炭酸水素イオンと水素イオンに解離する。水素イオンの濃度が増加すると、炭酸イオン(CO₃²⁻)は炭酸水素イオンに変化しやすくなり、結果として炭酸イオンの濃度が低下する。

そのため、海洋酸性化が進行するとHCO₃⁻が増加し、CO₃²⁻は減少する。この変化は、炭酸カルシウム(CaCO₃)を利用して殻や骨格を形成する海洋生物に大きな影響を及ぼす。なぜならCO₃²⁻がなければカルシウム(Ca)はCaCO₃になれないからだ。

海洋酸性化の科学的データ

Scientific Data of Ocean Acidiification

  • 世界のデータ

    世界中の海に溶けたCO₂の濃度を人工衛星から観察したデータと、世界各地で海の浅い部分と深い部分で測定したデータを示す。

    海洋酸性化の進行は世界中で測定されている。

    長期的観測の結果、表面海水のpHだけではなく、深海中でも酸性化は進み、その傾向は世界で共通していることが分かっている。

  • 日本近海の海洋データ

    気象庁による、日本近海での海洋酸性化を測定した結果を示す。

    気象庁では日本周辺の海でpHを継続的に測定しており、誰でもそのデータを見ることができる。

    日本海、北海道、九州・沖縄、関東、のデータがあり、季節的に周期的な変化をするが、年平均(太い線)で見るとどの地域でも継続的に酸性になっていることがわかる。

海の生態系に及ぼす影響

Effects on Marine Ecosystem

  • サンゴ

    サンゴは特に海洋酸性化に対して脆弱だと言われている。サンゴの構造をつくっているのは炭酸カルシウムである。炭酸イオンの濃度の減少はサンゴを脆くし、多くの魚の住処を維持しづらくする。(Natural History Museum)

  • 貝類

    貝の殻を構成するのは炭酸カルシウムである。海洋酸性化は炭酸イオンの濃度を下げるため、貝殻の形成に負の影響を及ぼす。貝殻は薄くなり、捕食されやすく、環境ストレスに弱くなる。また代謝や成長速度にも影響を与える。(Natural History Museum)

  • 甲殻類

    海洋酸性化によって甲殻類は甲羅の形成に影響があると考えられている。サンフランシスコ名物のダンジネスクラブの若い個体の発育に影響が出ていると報告されている。(Forbes)

  • ウニ

    ウニのトゲも海洋の酸性化によって影響を受けると指摘されている。ウニのトゲも貝の殻と同じ様に炭酸カルシウムできている。酸性環境では成長が遅くなり、生存や増殖が遅くなる。(The Harvard Gazette)

  • 海洋酸性化によって魚も影響を受ける。海洋酸性化は魚の嗅覚に影響を及ぼす。嗅覚の働きは魚が餌を見つける機会と関係する。また、魚の成長や骨の成長に影響を及ぼし、捕食者に対して弱くなる。(Natural History Museum, Shark Angles)

  • ウミガメ

    ウミガメはカルシウムの不足によって甲羅が薄くなり、卵の形成にも影響がある。ウミガメの巣は海洋酸性化によって影響を受ける可能性が指摘されている。海藻や珊瑚礁を棲家にしている海亀にとって、これらが失われることは大きな影響がある。(Sea Turtle Conservancy)

  • クラゲ

    クラゲは海洋酸性化が進んだ場合の最大の勝者と考えられている。クラゲは海水中の炭酸カルシウムに依存せず、海洋酸性化の進行で魚や亀がいなくなることで捕食者が減り、より繁殖すると考えられている。(World Economic Forum)

私達にできること

Our Participation

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コラム:海が酸性になっても大丈夫?

琉球大学の栗原晴子教授は2021年、酸性化した海でサンゴが群生しているという研究を発表した。(琉球大学「パラオ共和国のニッコー湾で高水温・高CO₂(低pH)環境に打ち勝つサンゴ群集を発見!」)

この研究をふまえて、「海洋酸性化は大きな問題でない」という趣旨の記事が発表されている。(杉山大志「「海洋酸性化」してもサンゴ礁は適応するという朗報」)

本当に海洋酸性化はサンゴに影響ないのだろうか?
疑問に思った私たちは、論文を発表した栗原陽先生へ問い合わせのメールを書いた。そして栗原先生から、丁寧な返信をいただくことができた。

栗原先生は、パラオには酸性の海なのにサンゴがいる場所があるので、その場所にいるサンゴの種類を調べて、たくさんのサンゴがいることを発見した。しかし、そこにはパラオの他の場所や沖縄の海で一番多くいる、ミドリイシ属のサンゴは全くいなかった。この発見から分かることは以下の通りである。

  • サンゴの中にも酸性の海に強いサンゴと弱いサンゴがいること
  • 私たちが一番親しみのあるサンゴは酸性の海では生きていけない可能性があるということ

また、パラオの海は約5,000年間酸性で、その環境にあったサンゴが多くなったと考えられる。酸性化した海で育っていないサンゴは海洋酸性化でいなくなってしまうかもしれないし、サンゴは100年生きることもある長寿の生物なので、急に環境が変わっても対応できない可能性がある。

しかも、先生が研究したパラオのサンゴは現在白化現象を起こしているそうだ。白化は海洋酸性化が原因ではないかもしれないが、気候変動はサンゴの生態系に深刻な影響を与えることは否定できない。
だから、海が酸性化してもサンゴは大丈夫、とは言えないということを栗原先生の研究は示している。

参考文献

海洋酸性化全般に関する情報

気象庁「海洋酸性化とは」 2024

地球環境研究センター「海から貝が消える? 海洋酸性化の危機」 2014/5/8の放送の再編集

日本財団「『ブルーカーボン』をご存知ですか?海の環境と生き物を守る取り組みが広がっています」 2023/11/2

日本財団ジャーナル「海の生き物たちの命をおびやかす「海洋酸性化」。日本と世界の実態、いまできること」 2023/7/14

日本バルブ工業会「二酸化炭素排出量増大によるもう一つの環境問題」 2020/10/28

数値データとグラフ

気象庁「表面海水中のpHの長期変化傾向(全球) 」 2023/12/2

気象庁「表面海水中のpHの長期変化傾向(日本近海) 」 2024/3/5

IPCC AR6, Climate Change 2021: The Physical Science Basis 2021.1.31

IPCC "3.2.1.2.4 Carbon and ocean acidification" 2019

海洋生物への影響

Forbes「海の酸性化でカニの甲羅が溶けている、米研究者が指摘」 2020.2.2

Natural History Museum "How 150-year-old samples are teaching us about climate change" 2020/1/31

Sea Turtle Conservancy, Marydele Donnelly "Double Trouble: Climate Change and Ocean Acidification"  2010

Shark Angels "How Ocean Acidification Is Changing The Biology Of Sharks (and not for the better)" 2015

The Harvard Gazette "The impact of ocean acidification" 2019/2/20

World Economic Forum "Why jellyfish could be the biggest winners from climate change" 2019/5/8

コラム

杉山大志「海洋酸性化」してもサンゴ礁は適応するという朗報 2021/6/13

琉球大学「パラオ共和国のニッコー湾で高水温・高CO2(低pH)環境に打ち勝つサンゴ群集を発見! 」 2021/5/28

謝辞

動画制作のきっかけを与えてくださり、私の動画に素晴らしい賞(キッズ&ティーンズ ショート動画コンテスト 優秀賞)をくださった、映画監督の海南友子さんに感謝します 。

海洋酸性化がサンゴに影響を及ぼすことについて教えてくださった栗原晴子琉球大学教授に感謝します。 

作成チーム

Members

  • Kana
    かな
    リーダー

    中学2年生

  • Nanaho
    なな
    デザイナー

    高校2年生

  • Rin
    りん
    スーパーバイザー

    中学2年生

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