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私にとっての過疎化(1)

名古屋大学教育学部附属中・高等学校
生徒:足立 真訓
k7s17031@quartz.ocn.ne.jp



過疎とは一体何なのだろうか?

―― 人と人との結びつきより、便利さが勝つこと。

人々はなぜ山村を離れたのだろうか?

―― 便利さ、快適さの追求のため。 確かに、故郷が水没し、仕方のない場合もあった。

なぜ、人々は都市を選んだのだろう?

―― あこがれ。仕事のため。生活のため。学業のため。etc. 山村には無い、便利さが勝った。

なぜ、自然を選ばなかったのだろう?

―― 非常識な常識のため。他人と同じでいたいため。快適な日常より、働くことの少ない便利さのため。

なぜ、故郷にもどらないのだろう?

―― 便利さに汚染されてしまった。一般化されてしまった。

原因は上のようなことでしょうか?

あくまで、自分の考えです。「職がない」「集団離村」などの、いたし方ない事情があるかもしれないけど、基本的には上のような考えから来ると思います。

そして、現状。奥三河の過疎の現状をいうなら、少しずつではあるが、人口が増加しはじめた町村もあるし、設楽町の回答にもあったように、「著しく普通の生活ができないというわけではない」。

ただし、活気が薄れていくのも事実でしょう。富山村では「活力増進金の実施」という対策もあります。中には、設楽町のように悲観的な予測の自治体もあるけど、全体としては改善は進んでいる、と僕は思います。

やはり、一番の改善点は、山村の豊かな自然に注目が集まりつつあるという意識の点でしょう、一時的な対応よりも、山村交流のような意識改革のほうが重要だと僕は思います。