(あさぐんかわうちちょうぬくいぎゆうたいのひ)
◎碑文<我等みな忘れまじ、悲しみて余りある惨状の日をそれは、昭和20年8月6日午前8時15分なり。原爆この地に投下され、阿鼻叫喚の巷の中で、苦悶の果てに吾がはらからはいま、ここに眠る。軍の至上命令とはいえ、174名尊き犠牲者、当日早朝より家屋疎開の作業に従事す。その名川内村儀勇隊旧安佐郡川内町温井部落住居者なり。戦禍の憎しみ、今ここで言うをまたず。我等遺族その若き命を捧げし霊に対し、断腸の思い果つるを知らず。ここ遺族一同相はかりて、その尊き犠牲を永久に語りつたえ、今平和のきざしこの地より出ずるにあたり、霊よとこしえに安かれと念し、この碑を建立する。>