第3章

タイムパラドックス

自己無矛盾なループ仮説 因果関係が自己無矛盾なループみなっていれば、因果律哲学で、すべての事象は、必ずある原因によって起こり、原因なしには何ごとも起こらないという原理。 にまつわるパラドックス正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、受け入れがたい結論が得られる事を指す言葉 は回避できることになる。
しかし、少なくとも二つの問題がある。
一つ目は、ノビコフらが示しているように、タイムマシンを通過して自分自身にぶつかるビリヤード玉の自己無矛な解は一つだけではなく、いくつも存在することだ。 タイムマシンがなければ、因果律によって未来が一つに明確に決まっていた物理が、タイムマシンが存在すると考えた途端に答えが一つに決まらないことになる。
物理法則の持つ因果律そのものが揺らぐことにもなり、議論に心地悪さを感じてしまう。
 二つ目は、未来の事件を含めて現在の起こりうる現状が決まっていると考えることは、「あなたは決められた運命を変えることはできない」と宣言されているようなものなのだ。
この世の中には自由意志など存在せず、すべてが決められているという議論になってしまう。
たとえば2002年公開の映画版「タイムマシン」では、主人公が強盗に殺された恋人を救うためにタイムマシンを開発するが、過去に戻って強盗から救い出しても恋人はほかの事故に巻き込まれて死亡する。
どうしても救い出せないのだ。これではタイムマシンを考える意味もなくなってしまう。
「自己無矛盾名ループ仮説」は、一つの解決方法の提案に過ぎない。想像力豊かな物理学者は、ほかにも解決法右方を考え出している。
だが、その前に、タイムマシン否定派の意見も紹介しておこう。


時間順序保護仮説
因果律を容疑するホーキングの主張とその反論
物理学者が因果律であることから、過去絵のタイムトラベルの可能性を否定する物理学者は多い。 [むしろ大多数がそう考えている]。
 ホーキングは、過去へのタイムマシンを否定する立場から、時間順序保護仮説スティーヴン・ホーキング博士が提唱した仮説でタイムマシンは不可能であると述べている。(chronology protection conjecture)を提唱している。
過去へ戻ろうとしても、その行為を無視する何らかの物理法則が働いて、結局過去には行けないだろう、とする予測である。
ソーンアメリカ合衆国の理論物理学者。は、「ワームホール時空構造の位相幾何学として考えうる構造の一つで、時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域でトンネルのような抜け道である。とエキゾチックな物質を使って、閉じた時間的世界観(CTC)を作ることができる。」と主張したが、ホーキングはそれに反対する立場だ。
CTCが存在する時空を考えると、物質のエネルギーが無限大になってしまう計算になるため、たとえ一般相対性理論がCTCを許しても、量子論量子力学、およびそれにより体系化される理論の総称。が許さないだろう、と考えた。
 「ドラえもん。」では、過去の歴史を変えるような行為を取り締まる「タイムパトロール」がいることになっているが、ホーキングの主張では、量子論がその役割をする。
そしてホーキングは、「これまで未来からの旅行者が来た証拠がない」ことがこの仮説を支持する経験的証拠だ、としている。
 このホーキングの証拠に待機手、過去へのタイムトラベルを積極的に考える研究者は、次のように反論する。「過去へ戻ることができるといっても、タイムマシン完成後の過去に限られる。


作者不明のパラドックス
「作者不明のパラドックス」とは、例えば、未来から持ち帰った自分の小説を書き写した作家がいたとしたら、その作品はだれが書いたことになるのか、というパラドックスである。
この出来事は、因果関係としては「自己無矛盾なループ」であるので、厳密にはパラドックスではないが、 作品という情報がどこから生まれたのかという「情報期限のパラドックス」といえる。
何もないところから、意味ある情報が発生したのだ。
 コーヒーにミルクを入れると、ミルクはカップ全体に混ざり合ってゆくが、いくら眺めていても逆にミルクが集まることはない。
物理の法則自体は時間反転対象ある系の状態が、別の状態に変化し、外部に対して何ら変化を残さずにそれがまた元の状態に戻ることができることな形を形成しているが、どこかで時間のすすむ方向が決まっているとも考えられる。
 時間の流れを決めるのは、熱力学の第二法則エントロピー増大の法則という別名がある。すべての自然現象においては,エントロピーは増大の一途を辿る。 、いわゆるエントロピー増大則熱力学第二法則と同値である。
エントロピーとは「乱雑さ」の意味である。
ミルクが拡散していく現象は、ミルクの分子がとりうる状態の数が増えたため、初めにまとまっていたという情報が次第に失われて「乱雑になっていく」ことでもある。
熱が必ず高い方から低い方へ流れるのも、永久運動をする機会が存在できないのも、このエントロピー増大則が決定打ともなっている。
 情報は減る一方のはずであり、無から生じることはないのだ。
したがって、過去へのタイムトラベルが可能ならば、情報起源のパラドックスは、パラドックスとして残る。
エントロピー増大則と同じレベルで、何かの手段で禁止されなければならないだろう。


過去を変えても許される物理学
パラレルワールドの解釈
 過去に戻って因果関係を破壊してしまうことが、タイムトラベルのパラレルワールド観察者がいる世界から、過去のある時点で分岐して併存するとされる世界。並行世界 だが、それを許す解釈がある。エヴェレットによる多世界解釈量子力学に基づいた世界観の一つ。である。
 電子原子内で、原子核の周りに分布して負の電荷をもつ素粒子。などの素粒子物質の構造を分子・原子・原子核と分けて階層的に見たとき、原子核の次にくる粒子をいう。の運動を説明するよう詩論は、確率でしか位置や運動量が決まらないという確率解釈が出発点である。
電子が二つの経路のうちどちらをこうるかは確率でしかきまらないが、どちらを通ったのかが判明すれば、その確率が適用された、と考える。
100回計測するのなら、100回の可能性の重ね合わせになる。
 このミクロの解釈を大胆にもマクロな世界にも適用したのが多世界解釈である。
電子のどちらかの経路を通過したのかが判明した時点で「世界が分岐した」と考えるのだ。
同じような世界(パラレルワールド)がいくつもあり、そのうちの一つ一つを我々が選択しながら住み続けているというアイデアだ。
この考えは大多数の物理学者に認められているわけではないが、初期宇宙の研究者や量子コンピュータの研究者には人気がある。
ミクロな世界を主体とすると、多世界解釈が本質的になるからだ。
 量子計算理論のパオニアであるドイッチェイギリスの物理学者。エヴェレットの多世界解釈の支持者である。は、親殺しのパラドックスを多世界解釈観察者がいる世界から、過去のある時点で分岐して併存するとされる世界。並行世界。で解決することを提案した。
タイムマシンで過去へ行って親を殺した時点で、その世界は自分が存在しない未来を持ったものに分岐する。
しかし、自分自身はパラレルワールド下に過ぎない、と考えれば、因果関係に矛盾はできない。
 だが、これでは「過去をかえて世界を変えた」とおもっても、変わっていない世界が常に存在することにもなる。


事後選択モデルとパラドックス検問官
 エヴェレット・ドッチェ流の解釈では、観測するたびに世界が(宇宙が)分岐していくので、過去に戻って親を殺しても、親が殺されていない世界と殺された世界の二つが存在することになる。
このような多世界解釈とは異なる考えで、親殺しのパラドックスを解決する方法が最近発表された。
 自らを量子機械学者と名乗るロイドたちの研究で、「未来でパラドックスとなりそうな出来事は、あらかじめ除外される」というかんがえで、彼らは事後選択モデルと呼んでいる。
つまり、自分の親を殺そうとしても、そのようなパラドックスを生む事態にはならないように何らかの作用が働くだろうという、いわば「パラドックス検問官説」である。
 この考えによると、閉じた時間的世界線(CTC)は量子論的に(自己矛盾しないように)選択されたものしか生じない。
ロイドたちは、始点と終点を決めた量子論<の計算で(時空のゆがみを考慮していない計算だが)自己矛盾した状態の発生する確率はほとんどゼロに近くなることも示している。
また、光の量子状態(光子)を使った実験を行ってもいる。
実験では光子を過去へ飛ばすことはできないが、二つの状態を持たせた光子を発射させ、途中でその状態を乱すような量子中を通過させる。
  そして、光子の状態をその前後で測定し、測定結果の相関を見るという方法だ。
実験の結果、自己矛盾したパラドックスが生じるような測定ほど低い確率になった。
タイムパトロール「パラドックス検問官」は自然のどこかに存在するらしい、という結果である。


事後選択モデルと情報期限のパラドックス
 ロイドらの「事後選択モデル」は、エヴェレット・ドイッチェの「多世界解釈」とだいぶ異なり、物詩の論理としても無理は少ない。
 親殺しのパラドックスに関して比較すると、多世界解釈では「自分が存在している世界」と「過去に戻って親を殺した世界」(したがって自分が生まれてない世界)とが分離して共存する。
だから厳密な意味でCTCは存在していない。一方、事後選択モデルではCTCの成立を前提としており、「親を殺す」か「殺さない(殺せない)」状態のどちらかを量子論的に計算する形になっている。
 そして事後選択モデルは、自分が存在する限り、過去に戻って親を殺そうとして弾丸を発射しても、その弾丸が不発になるか量子駅揺らぎで弾丸がそれるなどで、殺せる確率はゼロになる。
ホーキングは「量子論がCTCの発生を防ぐだろう」という予想だったが、ロイドらは「CTCはあってもよいが、自己矛盾する結果は量子論が防ぐだろう」と考えたのだ。
 CTCが存在すれば、情報起源(作者不明)のパラドックスも発生する。
多世界解釈では「小説家が未来のストーリーを書き写す」という情報の発生を説明できなかった。
ドイッチェは新たなエントロピーの原理を持ち込むことを考えていた。
 これに対してロイドらの解釈によれば、CTCの存在する世界では「未来から伝わるストーリーが何通りもあり、その中から小説家が一つを選択する」ので、新たな情報の発生というパラドックスは存在しないことになる。
自由意志がどこまでも入り込めるのかはまだ不明だが、今後の動向に注目したいアイデアである。


タイムマシンはできるのか
できる・できない、二つのシナリオ
現在までタイムマシンはできていない。
将来も、すぐできるとは考えにくいが、可能性は完全に否定されたわけでもない。
 相対性理論と量子論を融合した理論が完成しておらず、実験もできないため、タイムマシン研究は理論が完成しておらず、実験もできないため、タイムマシン研究は理論物理学者の「思考実験」の段階である。
相対性理論もアインシュタイン[1879〜1955]理論物理学者。の思考実験から生まれたものだし、粒子論の確立解釈も思考実験をぶつけ合うことで理解が深まってきた。
思考実験は、どれだけ斬新なアイデアが出せるかが問われる場でもあり、物理の発展に欠かせない頭のトレーニングである。
 タイムマシンを考えると、過去へ戻る問題から必ずパラドックスが生じてしまう。
タイムトラベルができるのかできないのか、今後の研究によって、次の二つのどちらかに落ち着くことだろう。
A、タイムマシンは技術的には難しいが原理的に可能と結論するおそらく因果律は自己無矛盾なループとなっていて問題なく、おそらく現実は「パラレルワールド」か「事後選択モデル」が適用されて親殺しのパラドックスもなく、おそらく(宇宙検問官仮説のように)「情報検問官」がいて情報起源のパラドックスも生じない。
B、パラドックスは解決しないので、原理的の不可能と結論する。ホーキングの時間順序保護仮説を、熱力学の第二法則(エントロピー増大則である。)のような自然の原理と認め、タイムマシン研究を錬金術卑金属を貴金属の金に変えようとする化学技術。や永久機関研究と同時に葬り去る。
どちらになるのか、まだまだわからない。


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