病原体(ウイルス)

発見された病原体

 

 アザラシの大量死の原因として研究者が一番考えていたのがウイルス、つまり病原体による感染であった。そんな中で、ついにオランダで大量死の原因となったウイルスが発見された。発見者はオランダ環境省衛生研究所のアルバード・オスターハウス博士という人だった。オスターハウス博士はウイルスの専門家である。

 今回の大量死の原因がなかなか突き止められなかったのは、アザラシに感染するウイルスについての研究がそれまでにあまり例がなかったためだった。ところがビルトホーヘンにある博士の研究所には1984年から集められたアザラシの血液が保存されていた。これらの血液を大量死したアザラシの血液と比較することによって、原因となるウイルスを突き止めることができたというわけである。

 研究所にある血液のサンプルは、氷点下70度の冷蔵庫に保管されている。その中から1984年に採集されたアザラシの血清と大量死したアザラシから回収した血清を比べると明らかに異常を感じるほどの違いがあった。1984年の血清は薄いピンク色で清潔な感じが見られるが大量死したときの血清はどれもどす黒くなっていた。これは血液が腐る、いわゆる敗血症が起きると赤血球が破壊され、このような色になる。敗血症は、抵抗力が極端に低下していないと発生しない。つまり敗血症が起きるくらいのひどい感染がアザラシの体内で起きたということになる。

 博士が発見したのは、犬のジステンパーウイルスによく似たウイルスだった。アザラシから分離したウイルスを犬に注射すると、ジステンパーと同じような症状が現れたという実験データがある。このウイルスに感染しているアザラシだけが発病し、感染していないアザラシには変化がなかった。また1984年からの血液を順に調べていくと1988年だけに感染の症状が見つけられた。さらに、このウイルスはデンマークやスウェーデン、そしてイギリスで死んだアザラシの95%から見つかり、大量死の原因であることが確実なものとされた。

 さらにアザラシの体を調べていくうちに、アザラシは発病してから1週間、長くとも2週間前後で死んでいたことがわかっている。

 このアザラシの体の中で典型的な症状として2つ取り上げることができる。

  1. 肺の状態はひどく、肺は固く黒ずみ、正常な部分がほとんどない。肺炎はさまざまな感染がもとで起きるが、このアザラシに起きたような激しい症状は普通の感染では考えられない。
  2. 免疫細胞をつくり出すリンパ系の器官に起きた異常で、普通の状態よりも細胞が小さくなっている。つまりリンパ形の組織が破壊されることによって、抵抗力をつくり出すことができなくなったのが直接的な原因かもしれないと考えられる説がある。

 これらの症状を総合してみるとこれはエイズの症状にとても似ている。エイズは、感染者の免疫力を低下させ、普通では考えられない感染症が体を蝕む。そして最後に重い肺炎が命を奪う。今でもこのエイズに対して、効果的な治療法はなく、人類最大の敵として恐れられている病気の1つでもある。このアザラシの場合でもエイズのようなウイルスの感染が原因なのだろうかという意見もあったという。