残留性農薬
DDT・BHCについて
大量に使われて問題になった経緯もあり、最近では単一の製品を大量に長期間使用しないようになった。その代わりに、次から次へと新しい製品が投入されている。しかし、いずれは雨などに洗い落とされたり、大気経由で海に運ばれたりする場合がある。また、難分解性(分解するのがとても難しい)のものはそのままにするため、分解されるものと一緒に最終的にはいずれ海にたどり着いてしまう。
(一口メモ)
科学物質は大気に溶けやすいので、自分達の国が使用していないから安全だという考えは通用しない。科学物質は大気に溶け、それから、風に乗って世界中に広がっていくのである。
DDT
DDT、正確には、p,p’.DDT(p,p’−ジクロルフェニールトリクロロエタン)は、1874年ツァイドラーにより初めて合成されて以降、1939年ミュラーがその強い殺虫力を見いだすまで、ほとんど注目されなかった。この種の有機塩素系化合物は強い殺虫力と残効性(長期間殺虫力を持続すること)を持ち、さらには人間に対する低い急性毒性のために注目を集めた。以来類似した各種の有機塩素系化合物が合成され,利用されるようになる。特に、わが国と深い関係にある第2次大戦の勃発がこのDDTの大需要を生み出した。熱帯のジャングルで戦闘力を維持するために兵士を伝染病から守る必要があり、殺虫剤が多量に利用された。当初は100%が軍需用であり、戦後民用に解禁され、農薬として、また公衆衛生的目的で多用した。DDTの利用によって伝染病は根絶され,更に世界の食糧生産は飛躍的に向上すると期待された。この業績でミュラーには、1948年ノーベル医学・生理学賞が授与された。
BHC
BHC(1,2,3,4,5,6−ヘキサクロルシクロヘキサン、格名はHCHが正しい)は1825年ファラデーによって合成され、1912年リンデンによって4種の異性体の存在が指摘された。その後,1942年スレイドによりγ−異性体の強い殺虫力が見いだされるまでBHCはDDTと同様に注目を集めなかった。戦後・ノミ・シラミ・ハエ・カの駆除のために公衆衛生的立場から使われた。DDT・HCHは、強い殺虫効果を持つが故に農薬として注目を集め、1971年頃まで各国で広く使用された。しかし、DDT・HCH共に残留性が高く,生物濃縮性も高いため先進諸国では1972年頃までには生産が中止され、使用も禁止された。だが、熱帯地域の開発途上国では公衆衛生的な理由でいまだ利用されている。HCHの生産技術は比較的簡単で、生産コストが安いために世界各国で大量に合成された。わが国における累積生産高は立川によるとDDTが3万トン、HCHが40万トンにも達したと推定されている。農薬の場合、自然環境に直接散布されること、場合によっては飛行機による空中散布が行われたため、地球規模で汚染が拡散したことは至極当然であった。
PCB
PCB(ポリ塩化ビフェニーノルの略称)として知られるこの有機塩素化合物群は、1881年シュミット(Schmidt)とシュルツ(Scultz)により記述され、工業的に有用な化合物群として認知されたのは1930年からだという。水には不溶性で、油には可溶性である。用途はDDT・HCHと異なり、主として工業的に利用され、農薬のように直接自然環境に散布されることはなかった。生産量の60−65%は電気コンデンサー及びトランスの絶縁媒体として利用され、ほぼ密閉されたかたちで使用された。さらに、加熱媒体として10−15%、印刷インクの溶剤として10−15%、及び合成樹脂の可塑剤として5−10%が主な用途であった。
通産省電気機器謀に登録されているデータによると、1992年5月現在でPCBの入ったコンデンサーと変圧器を使用・保管している事業所は13万6600ヶ所である。これらの事業所で現在も使用中のコンデンサーと変庄器はそれぞれ27万6000と3万600、使用されないで保管対象のものがそれぞれ6万8000と2700となっている。この他に、電力会社・JR・NTTでも、多くが使用されている。ところが、東京都と岐阜県の調査では、保管が義務づけられているコンデンサーや変庄器の7〜8パーセントが所在不明で、管理がきわめてずさんであることが明らかになった。
一方、1991年末に環境庁が発表し充調査結果によると、東京湾と大阪湾で獲れた魚から、PCBのなかでも毒性のきわめて強いコプラナーPCBが検出された。これは発癌性や催奇形性の非常に強いものである。また東京都の調査結果では、市販魚からもコプラナーPCBが検出されている。これらのことから、PCBの環境への流出は依然として続いており、環境汚染が進行していることを示している。図郷に東京湾と大阪湾におけるスズキのPCB濃度の変化を示したが、1980年代前半に低下傾向にあったPCB濃度が、後半に入って再び上昇傾向に転しているのが認められる。
PCBは生物体に蓄積されやすく、わか国で有名になったのはカネミ油症事件である。加熱媒体として利用されていたPCBが食用油中に漏れて混入した結果,それを食べた人々に皮膚病が現れ社会問題となった。
ダイオキシン
最近間題になっている化学物質のなかに、ダイオキシンがある。ダイオキシンは、発癌性・催奇形性のある史上最強の猛化学物質である。致死量は、体重一キログラム当たり一万分の一グラム以下といわれている。ベトナム戦争で用いられた枯れ葉剤などの農薬やPCBの製造過程で副産物として発生するほか、製紙工場での塩素によるパルブ標自工程ハブラズチック類が多いごみを低温で焼却する過程などで発生する。ダイオキシンには大きく分けて塩化ジベンゾ系(PCDD)と塩化ジベンゾフラン系(PcDF)の二系統で計210種の異性体があるが、詳しい発生メカニズムはよくわかっていない。
環境庁は、1990年度に全国の海域(港湾)11、湖沼3、河川11の計25ヵ所で、底泥・底魚・員の3項目について、汚染状況の調査を行なった。その結果、伊勢・大阪・駿河の3湾でダイオキシンの中でもっとも毒性の強い2.3.7.8PCDDによる汚染魚がみつかった。最高値は名古屋港で漁獲されたポラの5PPt(pptはppmの100万分の1であった。大阪湾では4カ所の調査箇所中、3ヵ所でスズキおよぴポラが汚染されているのが発見され、濃度は2〜3pptであった。駿河湾からは、スズキから1PPtの汚染が初めて検出された。それ以前には、1986年に東京湾、大阪湾で共に1PPt、1989年に大阪湾で3PPtの汚染が検出されていたが、1990年は数値と頻度が最高であった。底泥については、同じダイオキシンが東京・大阪・広鳥の答湾と震ケ浦、諏訪潮の計5力所で検出され、最高は大阪湾の8PPtであった。1990年の調査で底泥およぴ魚の両方からまったく検出されなかったのは木曽川だけで、魚から未検出だったのは、福岡県の洞海湾だけだった。このことは、近年ダイオキシンによる海洋汚染が進行していることを示している。
有機スズ化合物
有機スズ化合物による海洋汚染について紹介します。
海洋においては、古くから、船や漁具や養殖施設の付着生物除去の問題に悩まされてきた。
汚深付着生物除去についてはざまざまな手段が講じられてきた。近年の主要な手段は、有機スズ化合物を主体とする防汚剤の使用である。有機スズ化合物は1950年代の初め頃から、カビ防除剤・細菌防除剤・木材・繊維・紙の保存剤・電気絶縁体として用いられ始めた。そして1960年代半ばに、海で用いるペンキの中の防汚剤として、初めて導入された。この物質は、非常に効果があるにもかかわらず急速に分解され、副作用は極めて小さいとされていた。
しかし、防汚剤から有機スズ化合物が海中に溶け出し、生物濃縮によって魚介類中の濃度が高まり、重大な環境間題になってきた。現在問題となっているのは、トリブチルスズ化合物(TBT)とトリフエニルスズ化合物(TPT)である。これらは水生生物に対して極めて毒性が強く、人類が海洋環境中に意図的に放出した最強の毒物であると言われている。
1991年10月21日の環境庁の発表によると、有機スズ化合物の製造工場の排水や、有機スズ化合物が塗料として使われる船舶ドッグ・魚網を設置する周辺水域で、環境庁が暫定的に定めた水質評価の目安値を超える地点が相次いだ。環境庁は1988年から1990年にかけて約250ヵ所を調査したが、その大半で有機スズ化合物が検出された。環境庁は、有機スズ化合物の環境基準の暫定目標値を一リットル当たり0.01〜0.1マイクログラムとしているが、これを上回るものが多かった。特に船舶ドック周辺の1キロメートル以内では、試料の12分の1から1リットル当たり0.1マイクログラムを超えるTBTを検出した。
東京都立衛生研究所の調査によると、TBTは1988年に検査した86%の魚や貝から検出され、平均値は0.2ppmであった。最高はスズキの1.6ppmで、サワラ、タチウオなどで1ppmを超えた。1990年には最高値・平均値ともに低下したが、検出率は9一2パーセントに上昇した。FAO(国連食組農業機構)、WHOが定めた許容濃度は0.25PPmであるが、調査個体のうち、1988年には30.5%、89年には33.3%、90年には21.1%がこれを上回っていた。汚染は、プリやマダイに目立った。TBTの最高値は、1988年0.92ppm、89年1.05ppm、90年1.31ppmと上昇し、検出卒も徐々に高くなり、汚染の進行がうかがえる。
魚類に対する汚染物質の影響は、急性およぴ慢性毒性に分けられる。急性毒性を評価する場合、m(半数致死濃度)が判走基準となっている。TBTおよぴTPTの96時間圧(96時間後に半数が死ぬ濃度)は、海産魚でそれぞれ1リットル当たり1.5上2回・6マイクログラムおよび6.1〜118.0マイクログラムであった。これは、非常に強い毒性である。
慢性毒性についてみると、アゴハゼ・マダイ・ヒラメを1リットル当たり1マイクログラム前後のいTBTの海水で長期間飼育した場合、肝細胞、腎段、館に組織学的変化が認められ、また胸腺の萎しいく縮が見られた。胸腺の萎縮によってリンパ球成熟が影響を受け、免疫系の機能が阻害ざれることが考えられる。