日本初の本格探偵小説の創作


 乱歩は幼少期、読書好きの母親から黒岩涙香 らによる海外の探偵小説の翻案ものを読んでもらっていた。

乱歩が探偵小説を書くようになったのにはこういう背景があったようだ。


 彼はエドガー・アラン・ポーをもじって自分のペンネームをつけたのは周知の事実であるが、ポーとはどのような人物だったのだろうか。

世界人名事典によれば「推理・探偵小説の祖といわれる」人物である。

ポーをもじってペンネームをつけたからには、本格推理小説を日本で書こう、と思っていたのだろう。  

そして彼は紆余曲折を経て、「二銭銅貨」「新青年」に発表した。


この時、小酒井不木 は  外国の探偵小説をあさっていたのも、日本にこれという探偵小説がなかったからである。

ところが「二銭銅貨」を読むに至って自分は驚いた。

(中略)日本にも外国の知名の作家の塁を摩すべき探偵小説家のあることに、自分は限りない喜びを感じたのである。

と評した。


この最大級の賛辞からも、乱歩がデビュー作で彼の目指す本格探偵小説を見事に書き上げたことが分かる。

ここに述べてあるように日本にはほとんど探偵小説がなかったのにも関わらず、彼はその分野で優れた作品を多く発表し、日本の探偵小説のそとなった。

乱歩が今日まで色あせず名を残している理由はそこにあると思う。「二銭銅貨」は日本探偵小説史上の「竹取物語」であるといえるだろう。