昭和9年、「新青年」に連載中の「悪霊」を中絶、「石榴」を中央公論に発表するも、反響は今一つで、昭和10年は全く創作活動をせず、11年に初めての少年物である「怪人二十面相」の連載を開始した。
この少年物は、当時の子供たちに大変な好評を博し、今でも絶大な人気を誇っている。
栗本薫は「多くの人々がそうである様に、私にも、最初の探偵小説は『江戸川乱歩』だった。」
と述べているし、
川村二郎も「戦前の少年だから、江戸川乱歩入門は、御多分に洩れず『怪人二十面相』である。」
と書いている。
このように、多くの人々にとっては初めての乱歩作品は「怪人二十面相」シリーズであり、初めて読んだ探偵小説もそれであった。
乱歩の少年物は、トリックが前の作品と同じだとか、ルパンの焼き直しだとか言われるが、これらの作品に探偵小説の読者の素地を更に広げた事こそが、乱歩の少年物の最大の意義だと思う。
私は、小学生の頃は乱歩よりも「シャーロック・ホームズ」の熱狂的ファンであり、「ルパン」の愛読者であったので、「二十面相」を読んだのはそれらを全て読破した、6年生くらいの頃だと思う。
その時にはほとんど興奮しなかったし、ポーをもじっているわりに「モルグ街の殺人」とかと全然違うな、と思った記憶がある。
だが、今でこそホームズやルパンの翻訳が簡単に手に入るが、それがこんなんであったら僕も乱歩に傾倒していたであろうことは容易に想像できる。そうした意味において、乱歩の少年物もやはり日本の探偵小説界に大きな影響を与え続けてきた。