明智小五郎の登場
「D坂の殺人事件」では、1人称形式を使用している。
「二銭銅貨」でも試みられていたが、これは更に工夫して、いわゆる「ワトソン」役の人が語るという形式になっている。乱歩は夏目漱石や志賀直哉などの自然主義文学が嫌いで、それに反発して探偵小説の世界に入ったと思われるので、その読者の中心層である一般市民にも分かりやすいような形式を選んだのだろう。
そして、この作品でついにあの名探偵「明智小五郎」が登場する。ここで明智について少し説明することにする。彼は名探偵と同時に狂言回しの役も兼ねている。
「D坂の殺人事件」のデビュー当時は後年の青年紳士の颯爽としたイメージとは異なり、
話をしているといかにも変わり者で、それが頭がよさそうで、本の山で埋められた四畳半の座敷の中に住んでいた。
年は25歳より若いくらいで、どちらかといえば痩せたほうで、先にも言ったとおり、歩くときに変に肩を振る癖がある。
といっても、決して豪傑流のそれではない。
更に、
いわゆる好男子ではないが、どことなく愛嬌のある、そして最も天才的な顔を想像するがよい―ただ明智のほうは、髪の毛がもっと長く延びていて、モジャモジャともつれ合っている、そして彼は人と話しているあいだにも、指でそのモジャモジャになっている髪の毛を、さらにモジャモジャにするためのように引っ掻き回すのが癖だ。とえがかれている。
服装などはいっこう構わぬ方らしく、いつも木綿の着物によれよれの兵児帯をしめている
「D坂の殺人事件」で好評だったので、「心理試験」「黒手組」「幽霊」「屋根裏の散歩者」と続けて登場しているが、乱歩は、最初はレギュラー探偵にするつもりではなかったらしく彼に関する描写はほとんどでてこない。明智はこの後、怪人二十面相などにも登場し、名探偵としての地位を確立することになる。