胃のおもな働きは、いうまでもなく食べ物を消化することである。食堂から胃の中に入った食べ物は、飲み込んだ順番に層を作り、噴門の部分に貯えられる。そして、胃区分のとおり、胃体→幽門部→幽門へと、順次かき混ぜられ、消化されながら運ばれ、十二指腸へと送り出される。 この攪拌(かくはん)・消化・運搬作業を胃の蠕動(ぜんどう)運動という。1分間に3〜5回の割合で起こり、1回の蠕動に要する時間は2〜20秒である。基本的には胃壁が伸びたり縮んだり、波のように前進する単純運動だが、このときの胃の動きがなかなか面 白い。 胃壁の蠕動波の進行速度は、胃の内容物の移動より早いので、すべての内容物がすぐに前進はできない。むしろ、逆推進を受けて胃体部の方向に押し戻されていくもののほうが多い。そして、また前進して、戻る…。何度もそんな状態を繰り返しているうちに、胃の内容物と胃酸がほどよく混じり合い、消化されるという仕組みである。そして、この蠕動の波が数回幽門に達すると、その刺激で1回だけ幽門が開き、十二指腸に少しずつ消化物が押し出される。
十二指腸では、膵液や胆汁が出て脂肪などが消化される。しかし、ここでは胃のように消化物をためておくことができないので、一度に大量 が流れ込むと、消化不良になってしまい、おなかをこわしてしまう。だから、幽門では輪状の筋肉が発達していて、十二指腸へのトンネルを広げたり閉じたり、精巧な調節弁として働いているわけである。ちなみに幽門をpylorus と呼ぶが、これはギリシヤ語でpyle(門)+ouros(番人)の意。ずっと昔から、人々はその働きに気付いていたようである。
小腸と違い、胃には栄養物の吸収作用はない。ただ、アルコール分はある程度胃の粘膜から吸収される。酒を飲む前に、何か軽くおなかに入れておくといい、つまみをしっかり食べると悪酔いしないとよく言われる。これは、そうすることによって、胃からのアルコールの吸収速度を遅らせることができるのである。胃の蠕動運動でこねまわされた食べ物は、胃液によってさらに化学的に分解される。まず、胃酸(塩酸)の作用で食べ物を十分に酸性化し(ペーハー二の強酸性)、ぺプシンという消化酵素でもって、タンパク質をよりこまかい分子にまで加水分解するのである。そのあと、粥状になった消化物は十二指腸でアミノ酸になり、小腸でさらにこまかく分解・吸収され、栄養物として働くというわけだ。
それにしても、胃酸のペーハー二というのは、かなりの数字である。これは、消化酵素のぺプシンがその水素イオン濃度でもっとも消化力を発揮するためである。だがそれにしても、ペーハー二は手にかかれぱ火傷するほどの強酸。そんなものが胃の中で分泌されても大丈夫なのか、胃の粘膜が溶けてしまうのではないかという心配が当然わいてくる。だが胃には、強酸対策がある。胃粘膜の表面 に薄い粘液をおおい、食べ物による機械的、化学的あるいは熱刺激などから保護するとともに、胃酸の自己消化からも防御しているのである。ただ、いつもいつも暴飲暴食して胃に負担をかけていると、胃炎や胃済傷がいつ起きても不思議ではない状態になってしまう。また、ストレスも、この再粘膜防御機構の大敵である。強いストレス刺激が加わると、胃の攻撃因子(胃液が必要以上に分泌される)と防御因子(粘膜を防御するための血流、粘液の分泌など〉のバランスが崩れ、自分の胃液で胃壁を自己消化してしまう、消化性潰瘍を作ってしまうのである。
胃に負担をかける暴飲暴食、ストレス……その代償は一時的な痛みや出血だけではない。最悪、胃を切り取らなけれぱならなくなる。くれぐれもご注意のほど。