大鏡 六十五代 花山院
現代語訳
| 藤原道兼、帝の内裏脱出に従う |
| しみじみと心悲しい思いのいたしますのは、ご退位なされ |
| ふじつぼうえみつぼね | こど | |||
| た夜の事です。その夜清涼殿の | 藤壺上御局 | の | 小戸 | から |
| 帝がお出ましになられた所、夜明けの空の月がたいそう明 |
| るく照っておりましたので、帝は 「あまりにあらわでは気が引 |
| ける。どうしたらよかろうか」 とおっしゃったのですが 「そう |
| は仰せられましても、とりやめなさる訳には参りますまい。 |
| しんじ | とうぐう | ||
| 神璽 | と宝剣が既に | 春宮 | の御方に御渡りになってしまわれ |
| あわたどの | ||
| ているのですから」 と | 粟田殿 | が急き立てて申し上げなさい |
| ました。なぜかと言えば、まだ帝がお出ましになられる前 |
| に、粟田殿が自ら神璽と宝剣を取って、春宮の御方にお渡 |
| ししてしまっていましたので、帝が宮中へお帰りなさるような |
| 事はあってはならないとお思いになって、このように申し上 |
| げなさったということです。 |
| 明るい月の光を帝が気が引ける思いでいらっしゃる内に、 |
| おもて | むらくも | |||
| 月の | 面 | に | 群雲 | がかかってわずかに暗くなってきましたの |
| で、帝は 「私の出家は成就するのだ」 とおっしゃって、歩き |
| こきでん | にょうご | |||
| 出されますと、 | 弘徽殿 | の | 女御 | のお手紙で平生破り残し |
| てお体から手放さずに御覧になっていたのをお思い出され |
| ました。 「しばらく待て」と、取りに入られた時の事でござい |
| ます。粟田殿が 「何故そのように未練がましくお考えになら |
| れるのです。今が過ぎてしまえば、自ずと差し障りも出てま |
| いりましょうに」 と、泣き真似をなされましたのは。 |