「いよいよ次は尾張だが、清洲の織田信長は、どうするつもりかのう。」
「無論、これも降参なさろう。織田の兵力では勝負にならぬわ。」
「おまけに、あのような大うつけの殿様じゃ。今川義元の敵ではないわ。」
 清洲はもとより、尾張中でこのような噂である。
「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり。」
 これは、「敦盛」という舞に出てくる一節だ。大うつけと噂される信長、 この文句がいたく気に入っている。人は五十年も生きたら、皆死ぬのだ。 だからすべてのことは、夢か幻のようなものではないか。 こんな意味になる。
「どうせ一瞬の光の如き人生なら、自分らしく生きて輝いてみせてやる。古いしきたりや習慣などに とらわれず、わしは、何事もわしの思い通りにやる。」
 これを実行している破天荒の信長だから、世間の目には大うつけと見えるらしい。 織田家の家臣でさえ、問題児扱いする者もいるくらいだ。
 その家臣らには、藤吉郎もまた問題児に思えるらしい。常識にまみれていない純粋さを、 常識のない奴としか見ることが出来ないからだ。
「猿っ。ついて参れ。これから生駒屋に行くぞ。」
「はい。では馬をひいて参りましょう。」
 互いに問題児だから、気が合うのだろう。どこへ行くにも、連れ立って出かけることになる。



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