やがて空が白み始める。
「申し上げます。あと小半時(約一時間)もすれば、今川勢の大半は桶狭間に差し掛かるものと思われます。」
 細作から、このような知らせだ。
「よし、われらも桶狭間へと進軍じゃ。」
 すっかり夜は明けたが、空には雨雲が垂れこめている。
「よいか。全軍一丸となって、義元の本陣を突くのだ。」
「心得ましたっ。」
「敵が何万いても、勝ち目は我らにあると思え。今川勢は桶狭間の細い山道を 行軍しておるのじゃ。はるか前方の、本陣でおきた争いに加わることは出来ぬわ。」
などと話しつつ、ひたすら桶狭間へと兵を進める。
「申し上げます。今川の軍勢は、いよいよ桶狭間に差し掛かりました。義元自身は 田楽狭間に着陣して、昼飯を食うので御座いましょう。」
 またも細作から、こんな知らせだ。
「そうか。ははは、昼飯を食うのか。まったく我らに気付いてもおらぬらしい。」
 信長は馬上で顎をのけぞらせて笑い、
「よし。全軍、太子が根の丘の上に結集せよ!」
と下地を飛ばす。
 すでに昼前から雨が降っていたけれど、信長が太子が根の丘に軍勢を集めた頃には、 風混じりの大雨になった。都合よく雨が視界をさえぎり、風が音を消してくれる。
「点も我らに味方してくれたぞ。」
 信長は呟きつつ、はるか目の下の今川義元の本陣を睨み据えている。
「狙うは義元の首一つ。これを取ったら、あとは斬り捨てにして引き上げい。」
「心得まして御座りまする。」
と、全身ずぶ濡れの武者たちである。



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