「あんな砦が、一日や二日でできるわけがない。奴ら、二十日も前から土木工事をやっていたのだ。」
「川下の出城では、何を見張っておったのだ。大馬鹿たれが!」
「これではうっかり攻められぬ。」
美濃勢が、サギみたいに水辺で二の足を踏んでいる。
ま、いくら藤吉郎でも一日や二日で白壁まで塗った砦をつくれるわけがない。
やぐらを組んで、そのまわりに紙を貼り付けたものである。
かがり美で、これを敵に見せつけたというわけだ。
「一体、今度の大将は誰じゃい。前田犬千代か。森長可か。」
「何でも、木下の、藤吉郎とかいう男だそうで。」
「木下?木下藤吉郎など、始めて聞く名じゃヶ、そんな奴が織田家にいたのか?」
「いたんでしょうね。」
備中らが言い交わしていると、
「木下藤吉郎とかいう名前の知らない奴が、佐久間右衛門や柴田勝家でも歯が立たなかった墨俣に、城を造りますか?造りませんね。」
と口をいれたバカがいる。すると、もう一人のアホが、
「日根野様、これは囮ではありますまいか?ありますね。」
そしたらもうひとりの間抜けが、
「われわれの目を墨俣へ向けておいて、犬山城のあたりから、信長自ら長良川を渡って、せめてくる気では?攻めてきますね。」
「敵は犬山じゃ! 犬山へ向かえ!」
日根野備中がわめく。軍勢を犬山へと走らせたものだ。
「どういうわけか、美濃勢は退散じゃ。さあ、城普請にせいを出せ!」
「おーう!」
こうしてついに、墨俣に城ができあがる。
年が明けると、藤吉郎は、尾張の中村にいた母も、兄弟も、皆この城に呼び寄せた。
もちろん寧寧も、今では墨俣城の奥様だ。