「なら早速、得意のくちはっちょうで、竹中半兵衛を口説き落としてきなされ。」
ということになった。
藤吉郎、たった一人で菩提山の磐手城までやってくる。
がっさい袋を肩に引っ掛け、すげ笠に墨染めといった身なりである。
「わしは墨俣城主の木下藤吉郎じゃ。竹中半兵衛重治殿に、お目通り願いたい。」
すると門番、
「ひゃ、ははは、大きくでやがったね。この、ぼんくら商人めが。お茶でも売りに来たのだろうが。」
顎をうわむけて笑い、
「竹中先生は、お城にはおられぬ。あの山の庵で、読書をしておいでじゃ。」
門番に教えられた山道をたどり、藤吉郎が庵までやってくる。
涼やかな目をした若者が、一間きりの部屋に風を通しつつ、書見代の前でなにやら熱心に読みふけっている。
いかにも貴公子といった風情である。
「どなたじゃ。」
と顔をふりむけた半兵衛に、
「やあ竹中先生。お初にお目にかかるが、わしは墨俣城のあるじ、木下藤吉郎でござる。とにかく、あがらせてもらうぞ。」
「ほーう、そなたが木下藤吉郎殿か。」
と、半兵衛のほうは、あっさり認めてくれた。もう今では、墨俣に城を築いた織田家の奇将として、
藤吉郎の名は知れ渡っている。
「難しい書物を読んでおられるようじゃが、少しは天下の情勢が、分かりなされたかの。」
といいつつ、藤吉郎が半兵衛の正面にあぐらを組む。