半兵衛がそれには答えず、
「墨俣の城主が、今日はまた、なんの御用でこんな山奥まで足をお運びなされた。」
「それよ。まあ一つ、わしの話を聞いてくれぬか。そして、いうことが得心できぬとあらば、わしも竹中先生とは縁がなかったと、あきらめて引き上げよう。」
「よろしい。何なりと申されよ。」
 藤吉郎は背筋を伸ばすと、まっすぐ半兵衛を見返し、
「よいかな先生。応仁の乱この方、戦国の世は百年も続いて、とにかく万民は皆、太平の世を待ち望んでおる。」
「いかにも木下殿のおっしゃる通り。常に万民の味方として彼らの不幸を取り除き、天下をおさめるほどの英雄が、現れてほしいものじゃ。」
「半兵衛殿。その英雄が、立った一撃で今川義元の息の根を止めた織田信長公じゃ。」
と藤吉郎がひざを乗り出し、
「天下を統一するほどの器量を持った人物が、やっと現れたこの好機に、われわれが信長公を助けて、 それを果たさせてこそ万民は救われる。どうじゃな。おぬしも信長公に力を貸してくれぬか。」
「私は今、信長殿がまことに万民のための英雄か、それとも単なる我執の鬼か、その振る舞いを、ここでじっと見ておるところだ。」
「なるほど。その半兵衛殿の目から見て、おぬしの主の斎藤竜興と、 わしの主の織田信長では、どちらが万民のための英雄にふさわしいと思われるや?」
 半兵衛、にやりと笑って、
「そのように問われては、答えは明らか。」
「であろうが。それが分かっていたら、まずは、さっさと美濃一国をこちらに渡す手助けをしていただきとうござるが、どうじゃな?」



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