伊勢を平定すると、信長はいよいよ岐阜城をあとにし、京都へと大群をおしすすめた。
九月半ば、天操馬にかつぎあげた足利義明とともに、ついに待望の京都に第一歩をしるす。
東福寺に、本陣をを置く。一方、足利義明は、将軍家の御所がたつまで東山の寺で寝起きすることになった。
「とのっ、この猿めも感無量でございます。
今川義元も果たさず、武田信玄さえ一生かけても果たしえなかった上洛戦、ついに成功させましたな。
まさにとのは鬼神でござる。」
「たわけっ、うぬは相変わらずそそっかしいやつじゃ。これからが、まことの上洛戦ぞ。
何を考えておるかっ。」
都にたどり着いただけでうかれている藤吉郎を、まずはしかりつける。
ついで信長、言葉をやわらげ、
「藤吉郎と光秀には、京都奉行を命ずる。」
「ひぇーっ、き、京都奉行!」
尾張は中村の百姓の子が、ここにいたって、何百年もの文化の伝統を誇る都の奉行を命じられたのだ。
感激した上に、平静を失った上に、びっくらこいても無理はない。
京都奉行とは、今でいう警察庁の長官だと思えばいい。

「藤吉郎っ。奉行はもっと泰然自若としておれ。口を結べっ、口を。歯を見せるな。」
「あの、藤吉郎はこのたび、羽柴筑前守秀吉と、名を改めましてござる。」
「ごたいそうな名前じゃのう。まぁ良い、その名に押しつぶされぬよう、しっかり都の奉行を務めよ。」
もう一人の京都奉行、明智光秀もまた、喜びをかみしめている。
「都で織田の敵と考えて良い武将たちはみなそれぞれの城に引きこもっておるらしいが、油断は出来ぬぞ、羽柴殿。」
「さよう、さよう。気をひきしめて警備にあたろうぞ、明智殿。」
信長が上洛して半年の間に、小競合い程度の合戦はいくつかあったが、まずまずおだやかに年月は過ぎていった。