九月の半ばの夜明け前、ついに織田の軍勢が、山のあちことに火をかける。 八百年の歴史をほこる延暦寺が猛火に包まれ、跡形もなく燃えおちた。 まじめな学者僧も、年老いた僧侶や稚児までも、容赦なく焼き殺され、斬り殺された。

「やれ、おそろしやのう。げにこれは、鬼神もしたをまく行状ぞ。」
「織田信長は何をするか分からないお人じゃ・・・・・・」
 都の人々は、震えをおびた声で言い交している。
「神仏はこの、信長じゃ!」
 そう叫んだときから、武運を操る毘沙門天も彼に味方しだす。 今まで敵だった武将のほとんどが、信長の配下にくだる。
 こうなると、まだしも織田にさからう大名たちは孤立無援だ。
 天正元(1573)年の夏には、ついに越前の朝倉家がほろび、それから日をまたずして近江の浅井家もほろんだが、
「お市よ。娘たちをつれて信長殿の本陣にくだり、わしに代わって生き延びてくれ。」
と朝倉長政である。 お市と三人の姫は、織田の使者によって、落城すんぜんの小谷城から連れ出された。

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