そして、信長がいよいよ安土城を出陣し、京都の本能寺にかりのやどをとったのが五月二九日である。
 南北朝時代の歌人、吉田兼好の言葉に、
「死は前より来らず。かねてより後ろにせまれり。そのことをわすれるな。」
とある。生きたのちに死がまっているのではなく、死はつねにその人の後ろにいて、ふいに追いこしてゆく、という意味だ。 まさに今、死が、織田信長を追い越そうとしていた。
 さてこちら、備中は羽柴秀吉の本陣である。早馬をのりつけ、あわただしく駈けこんださむらいが、
「申し上げますっ。都に変事が起きてござります!」
「なに、返事。」
 ほこりまみれのさむらいから書面を受取ったのは、若い小姓の石田三成だ。 すぐさま秀吉に届ける。
「ん?なにい・・・・・・なに、なに!」
 読んでびっくり、
「おい、三成。彦右衛門と官兵衛をここへ呼んで参れ。」
 

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